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マイク・コルポ(1975-2011):「ローカルクルー」の人生を祝して

 /  2012年1月12日  /  コミュニティ, アクティビズム, カルチャー, 環境

パタゴニア本社のブログの共同編集者で「ローカルクルー」のハンドル名で頻繁に投稿していたマイク・コルポが12月7日、リノの配送センターの近くでお昼休みのトレイルランニング中に急死しました。36歳でした。

彼の同僚である私たち一同はショックを受けています。マイクは若く、体力があり、見るからに健康的で、今回のことはまったく予期せぬことでした。マイクはとても謙虚で、自身の才能や達成してきたことなどをあまり語りませんでした。亡くなったいま、それらをどれだけ内に秘めていたかが明らかになってきました。彼は優雅な執筆者であり、140文字のツイッターの禅マスターでした。また彼はネバダ州の野生をとくに愛した、真剣かつ知識にあふれた環境保護者でもありました。マウンテンバイク、そして愛したエクストラサイクルでは超人的で、バックカントリーでは優れたナビゲータ、テレマーカー、フライフィッシャーマンであり、そして毎年夏には1か月の休暇を取り、ワイオミング州で National Outdoor Leadership School (NOLS) のガイドを勤めたアルピニストでもありました。

マイクのような人間がただ消滅してしまうということはありません。彼は先に進み、僕らが追いつけないようなペースを維持するでしょう。そして彼が丘を越えるのを見た僕らは彼に追いつくために、深い息を吐くでしょう。彼が秘密のパウダーにドロップすれば、僕らに見えるのは水平線で点になっている、そして本当にそこにいるのかすらも分からなくなる彼の姿。けれども冒険を愛するすべての人のように、彼もどこかの木々や高い草に埋もれ、鼻を地面に近づけて何か楽しいことを考え、探索しているころでしょう。
-Team Bacon Stripの追悼投稿「マイク・コルポ、安らかに眠れ」より

マイクはまた美味しいもののためならば悔い改めようもない軽犯罪者で、まさに通関検査官の鼻の下をついてシャモニから臭いチーズをこっそり持ち込んでいました。彼はスキーでしか到達できないバックカントリーの山小屋で、1920年代の薪を焚くストーブを使って密輸したフランス製のチーズとオーガニックポテトで驚きの料理をご馳走してくれました。また自分でチーズを作りたいときは、ネバダ州では違法の低温殺菌未処理のミルクをオーガニック農家から仕入れる方法も知っていました。地元で栽培されたオーガニック食品の揺るぎない提唱者でもあり、台所では比類のない才能を発揮しました。

マイクは粘り強く、会社と経営者が環境問題について足踏みしていたり、知識が不十分だと思えるときなどは、まさにそうでした。けれども彼が親切でなかったことはなく、誰でもどんな場面をも辛抱強く受け入れ、急所は芸術的なユーモアでつねに回避しました。うんざりさせられることもありましたが、彼には同僚が彼の疑問やお客様からいただいた質問にどれだけの時間を要しても答えたいと思わせる何かがありました。

マイクの野生の場所への肉体的な急襲は伝説的です。ネバダ各地をはじめ、さまざまな場所でスキーやランニング、バックパッキング、パドリングをしました。そして自身が愛したこのような野生の場所に意義のある政治的、そして社会的サポートをもたらすことにも取り組みました。言葉は少なめでしたがNWPの私たち全員に対して確固とした支持と勇気をもたらしてくれました。私たちはつねに彼を思い起こし感謝するでしょう。
-Nevada Wilderness Projectの追悼投稿「野生地区の擁護者、マイク・コルポ」より

マイクは多大な労力を費やしてまで危険を避けることはしませんでした。Nevada Wilderness Projectのために自転車で田舎の脇道の調査をした彼は、その途上で一夫多妻主義者の居留地に出くわしたり、知らずに警察の捜索を受けたりしました。マイクは車を持っていましたが、それは何十万マイルも乗った中古の(愛情を込めて「黄金の雷」と呼ばれていた)スバルで、フロントグラスのワイパーもファーストギアもなく、信頼できるものではありませんでした。けれどもマイクと新妻のリズ・モスコは去年8月、この古いスバルでハネムーン代わりのキャンプに行き、そして3度も牽引トラックを呼ばなければなりませんでした。車の故障を結婚生活の冒険の一部にしたことは2人の人となりを物語っていると思います。

マイクはパタゴニアに11年勤務しました。デラウェア州育ちですが、ネバダ大学で英語の修士号を取るために西へ越し、それ以来、振り返ることはありませんでした。最初はリノのアウトレットで働き、その後プロセールス・プログラムからフランス支社へと移動し、パタゴニア・ヨーロッパのウェブサイトのローンチにも一役買いました。過去5年間はpatagonia.comの共同編集者として毎日執筆に励み、The Cleanest Lineの投稿やさまざまなソーシャルメディアを通じてコミュニティーとやりとりしていました。

彼は才能にあふれ、同僚の人生に静かに、けれども多くの影響をもたらしました。彼のもつ人の良い忍耐力は私たちへの贈り物でした。この才能、そして彼の存在がもうないのだと思うと寂しくなります。

パタゴニア本社編集者記:この投稿はThe Cleanest Lineが誕生してほぼ5年にわたるこれまでで、私が投稿しなければならなかった最も困難なものです。マイクは私の同僚であり、心を打ち明けられる人物であり、良心の鏡であり、そしてなによりも親しい友達でした。誰かをこんな風に突然失うことは人生の素晴らしさ、公平さをも疑わせる出来事です。でも私が抱くマイクの想い出はそのようなものではありません。

私が思い出すマイクは、その雄弁さと誠実さ、野生の場所と地元で栽培された食物への献身的な愛、ストレスのたまる状況でのユーモアのセンス、リノからベンチュラを訪れるときの大きな笑顔です。マイクの美味しい自家製のゴートチーズ、メキシコ料理への愛(ことにクエルナバカで分かち合ったタコス)、そして毎日の電話での会話です。ウェブサイトのどのページにも彼の影響を感じることができます。

パタゴニアのブログへの記事の投稿、とくにNevada Wilderness Projectのマッピングについての4部作の物語は、彼がパタゴニアのウェブチームに引き抜かれた理由でもあります。彼は雄弁な著作家でした。謙虚な彼は自分の物語をあまり語りませんでした。代わりに、他の人が物語を投稿するために全力で支援しました。けれどもThe Cleanest Lineにはマイクがどのような人物だったかを物語る2つの投稿があります。1つはマイクのダートバッグ・ダイアリー短編、もう1つは最愛の妻、リズによる投稿です。

ダートバッグ・ダイアリー:短編「静寂の中に座る」(英語音声)

私のフットプリント・シリーズ:言葉を広めることについての一言(近日日本語版投稿予定)

まさに冬の真っ只中のいま、そして新年を迎えたいま、この時期にこの追悼の投稿をすることはとても適しているように思えます。季節がめぐるように、生はつづきます。そして大地の母はつねにそうしがちであるように、生命の輪はいつも動いていることを思い出させてくれます。数日前、ダートバッグ・ダイアリーの友達、フィッツとベッカ・カホール夫妻に第一子である息子が誕生したニュースを聞きました。

ローカルクルー、大変な仕事をがんばってくれてありがとう。マイク、友情をありがとう。君はこれからもつねに僕たちとともに在るだろう。
-「フリー」ことケイシー

ケリー・コーデス記:友達を失ったとき、どう振る舞うべきなのか途方に暮れます。正しい振る舞いというものはなく、それに慣れるということもありません。最近は次第に静寂、黙考、呼吸で反応するようになりました。涙とともにわずかな混乱、宇宙とそのミステリーについてのある種の感嘆の念、重大なことの前に感じられる自分の小ささの深い認識、そして死をも含む、尽きることのない生命の輪を感じます。マイクのような人にこんなに早く死が訪れたことに言葉もありません。

マイクに最後の呼吸が平和な瞬間であったことを何よりも祈ります。私たちに多くのものを与えてくれた彼に、宇宙はそのくらいのことをしてくれてもいいと感じるのです。でも宇宙が私たちに何か借りがあるという考え方は間違っているのでしょう。彼の最愛の妻リズのことを思うと胸が張り裂ける思いです。彼女の立場に自分を置こうとしてみましたが不可能です。悲しみ、喪失感は想像だにできません。でも彼女にとっては、これは想像でなく現実のことなのです。リズに何よりも平和が訪れることを祈っています。

マイクとケイシーと僕はThe Cleanest Lineで一緒に働いた仲で、直に会えるときはマルガリータを飲みにいき、同僚として、そして友達として、遠くからでも毎週連絡を取り合っていました。ブログに投稿する記事を書くときは彼らふたりにアドバイスを求めました。彼らは僕の「borths(愛情をもってbrotherをわざと訛らせたケイシーの造語)」であり、たいていはマイクが僕の編集者でした。このことはつまり、彼が何度も僕を僕自身から救ってくれたことを意味します。僕が提出した恐ろしく見当違いの暴言のいくつかを考えると身震いしてしまうほどで、そんな僕に電話や文面で良識を思い出させてくれたマイクの優しさには驚嘆しました。それは押し付けるのではなく、語ってくれるやり方。言うのではなく、示すやり方。そのなかでいま気づいたことは、いや、すでに気づいていたのだけれど、いまさらに大きくのしかかってくるのは、マイクはこうした「ちょっとしたこと」へというよりも、もっともっと巨大なことへアドバイスをくれていたことです。彼が話すとき私はちゃんと耳を傾ける。彼はそうしたやり方で僕を導いてくれました。思い出したとき、そして可能なときは、そのマイクの思慮深いやり方、押し付けることよりもはるかに効果のある力強くかつ優しい彼のやり方を真似しようとしますが、たいていは失敗します。でもそれでもいいのです。人生は学ぶためにあるのだし、皆がマイクのようにはなれないのだから。けれども試すことはできます。心のなかに抱きつづけること以外の方法で愛する人が永久に存在する方法、つまり私たちがいかに彼らを恋しく思っているか、彼らの人生に感謝しているか、彼らが私たちの人生にもたらしてくれたものに感謝しているのかを彼らに示す、そして真に自分自身に示す方法は、私たちの行動にあるのです。マイク、ありがとう。
ケリー・コーデス(パタゴニア・アルパインクライミング・アンバサダー)

パタゴニア日本支社編集者記:マイクが亡くなったことを社内メールで知ったときの衝撃は忘れられません。ほんの2,3日前にクリーネストラインのことでやり取りをしたばかりでした。2010年10月に日本語版のクリーネストラインをスタートさせたとき、マイクとケイシーにはさまざまな形で助けてもらいました。そのときのマイクの力添えは、私があらためてここで語るべくもなく、すでに上記でいろいろな人たちが語っています。マイクが教えてくれたことを大切に、これからもクリーネストライン日本語版をつづけていきます。心からご冥福をお祈りいたします。

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