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パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

谷口けい&加藤直之  /  読み終えるまで8分  /  クライミング, スノー

サンナビキ滝倉山_6座目。写真:谷口けい

世間は盛夏、まさにお盆の真っ只中の8月10日、ぼくたちは富山県黒部の、 はるか南の剱岳へとつづく末端尾根がはじまる、嘉例沢森林公園へ向かった。そこから途方も無い稜線をすべて繋げて、我々のホームともいえる剱岳・本峰を踏んで、馬場島へ下山するという壮大!?な計画だ。昨今巷では、北方稜線とは池ノ平山、いや小窓のコルから剱岳までを言及している場合が多い。しかし、池ノ平山の北方には、はるか日本海へ向かって伸びている山稜がある。積雪期ならともかく雪のない時期、しかも真夏に踏破するのは普通では考えもおよばないかもしれない。数年前からなんとなく脳裏にあったこのアホらしいともいえる計画に乗ってきたのは、同じアンバサダー仲間の谷口けいと地元富山の上田幸雄さんだった。

編集者記:今年の夏、アンバサダー仲間の谷口けい(kei)と加藤直之(nao)が富山県の北方稜線約50キロメートルの藪こぎ山行をした。富山県の黒部 市の最北端の末端尾根から入山し、剱岳本峰を経由して馬場島に下山。6日間の山旅で、越中駒ケ岳~池ノ平山はほとんど道がない藪こぎであり、夏に全山縦走 した記録はないと思われる。

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欅平から宇奈月までをつなぐトロッコから仰ぎ見るサンナビキ山群は鬱蒼としてとても幻想的だ。水は?藪の濃さは?虫の大群は?メンタルは?……考えれば考えるほどイヤになるこの山行計画だが、泥臭さを至上とする我々はそれを楽しんでさえいたように思う。そして下調べもほぼなしのオンサイトで、山行ははじまったのだった……。(nao)

猛暑期のリアル北方稜線完全縦走。こんな記録は聞いたことがない。想像するに、先のまったく見えない濃い藪、恐ろしいほどの数の虫、そして水の確保に毎日数百メートルほど谷を下ってふたたび稜線まで登り返して続行……。我々が確保できた日程は6日間。その日程内で完全踏破なんて無理かもしれない。いやいや3日で発狂して敗退する可能性がいちばん高いかも。地面が見えないほどの藪をいくことになるだろうから、大きな荷は背負えない。だから軽量化を考える。水の確保も相当大変なのだろうから、出来るだけ少ない水で食べることの出来る食料を計画する。猛暑期なので薄着で行きたいところだが、藪に太刀打ち出来る強い生地のウェアを選ぶべきか。そして平らに眠れる場所などないだろうから、テントではなくツエルトか、もしくはブルーシートでのビバークか。海外での遠征や厳冬期の登攀や縦走とはまた違った困難を想像するが、こればかりは実際に行ってみないと分からない。まさに「想像を絶する……」ってことにどうせなるのだろう。これはやり甲斐のある(?)冒険行になりそうだ。(kei)

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8月11日(火)

初日の行程は嘉例沢森林公園(750メートル)から登山道がつづく、いわばウォームアップのはずだ。オンサイトでパッキングがはじまるが、5リットル超の水分を入れると想像以上に荷が膨らみ、45リットルでもパンパンだ。最後に迷いに迷った挙句、困難の連続であろうなかで、せめてのオアシスとしてシングルウォールの軽量テントを詰め込んだ。鋲ヶ岳(850メートル)を踏み、汗まみれになりながら烏帽子山(1274メートル)を越え、上田さんの待つ僧ヶ岳(1855メートル)に到達する。そのまま北駒ケ岳(1914メートル)から越中駒ケ岳(2002メートル)へ達し、山頂にテントを張った。幸いピーク手前数百メートル地点から雪渓を求めて少し降りると、水が採れた。はるか遠くに剱岳の勇姿が望めるが、うーん、遠い!しかもここから映るサンナビキまでの道のりは、見るからに濃い!平坦な場所で休めるのも、3人揃って食事ができるのも、最初で最後かもしれない。ラジオの天気予報は明日からの悪天を伝えている。この先痺れる山行になりそうだ。(nao)

テントを張った瞬間にポールが折れてテント生地を裂く、という事件が初日から発生。テーピングで補修してなんとか無事にテントの形を作るも、明日からの核心部(藪)突入を前にして、早くも前途多難な気配。我々二人は軽量化を図って来たのに、上田氏のザックからは食料やらツエルトに加えて、ブルーシートも出てくる。いいなあ~。初日なので豪勢にいく上田氏、初日なので切り詰めて燃料も使わず水で調理する我々。曇天のなかにも、富山平野の夜景を眼下に望んでモチベーションは上がる。(kei)

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

藪をかき分け進む。はるか彼方に目指す毛勝山、さらに剣岳は遠い。写真:谷口けい

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

藪漕ぎの一場面。写真:谷口けい

8月12日(水)

朝イチから雨天のなか藪を進む。眼下には無限につづきそうなヤブ尾根が広がり、トップで漕いでいると一人ではモチベーションがつづかないことは容易に想像できる。アップダウンの激しい尾根を地形を確認しながら慎重に進むが、ササ、マツ、ダケカンバのヤブ尾根は大小様々な形で歩行を妨げる。足元はほとんど見えず、上半身も酷使するこの手の動きは、ブートキャンプさながらだ。休憩したくとも停止すれば虫の大群がその意志をも失わせる。今夜目指すサンナビキ山ははるか彼方に見える。すでに全身は雨と汗、そしてパンツは破け、足首には血が滲んでいる。前衛峰へ登りつめ、ようやくサンナビキ山主峰滝倉山(2029メートル)へつづくコル手前にたどり着いたのは、太陽が勢いを増しカンカン照りになってきたところだった。残りの水は1人約1リットル。ここから滝倉山を越えて、ビバークサイトはあるのだろうか。そして水は採れるのだろうか。あたりを見まわしてみても雪形は見えず、不安を募らせる。話し合うこと1時間強。今夜のホテルを後立の眺めがすばらしいこの場所に決め、あとは水場を探す。コルから数百メートル下方に雪渓が見える。そこまで下りて水(雪塊)を採り、ふたたび戻ってくるのに推定4時間とみる。ありったけの水筒を持参して、3人で駆け下りる。コルからヤブを下り、ガラガラの悪い斜面からルンゼに入る。意外とスムースに雪渓末端にたどり着き、時間をかけて流水を採取する。サイトに戻り、素晴らしい眺めを肴に、快適な夜を過ごした。(nao)

朝イチの藪への突入時は一瞬ひるんだものの、一度漕ぎはじめたら身体が勝手に藪漕ぎモードにシフトしていく。様々な種類の低灌木が次から次へと現れるのだけど、男性2人と差が出るのは密度の濃い笹藪。彼等は全身力で突破していくが、非力な私は跳ね返される。無理やりの突破は無駄な体力の消耗と判断し、ていねいに藪をかき分けて進むことにする。どんなに漕いでも進んでも藪なので、これは心を無にしていくが勝ちで、じつはトップで漕いでいるときが最もモチベーションが上がる。他人に追随するときは自然とモチベーションが下がり、直後に追随すると藪の跳ね返りで痛い目に遭い、前者と離れ過ぎると濃い藪にその姿を見失うことになる。微妙な距離感が重要だ。駒ヶ岳~サンナビキのあいだには地形図では見えてこない幾つものギャップがあり、数えきれないほどのアップダウン藪漕ぎによる喉の渇きとエナジーアウト。サンナビキ前衛峰での、その後の身の振り方(イチかバチか前進すべきか、ここに留まって水を汲むか。そのために往復4時間ほどを費やして、沢筋へ下って登り返すべきか)について1時間強も話し合ったことは、いま振り返ると大きな意味があった。勢いだけで前進していたら、結果この縦走チャレンジは成し得なかったかもしれない。一日藪を漕いだ結果、全身力で突破していった男性2人はパンツ数か所にカギ裂きが……。そして私はといえば、今日もまたさらにテントが裂け、一日の終わりに補修残業。しかし後立山のパノラマを背負っての夕食では、たまらなく幸せな気持ちに満たされていたのであった。だってお盆なのに貸し切りの大景観!明日のことはまた明日悩めば良いのだ。(kei)

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

サンナビキ前衛峰で身の振り方を議論する。写真:谷口けい

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

サンナビキ北側の谷で雪渓から水を採る。写真:谷口けい

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(前編)

2泊目はサンナビキ前衛峰。写真:谷口けい

後編につづく。

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