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イヴォンの手紙を読む

北太平洋旋回の航海の途上にて

パタゴニア  /  2012年7月19日  /  アクティビズム, カルチャー, コミュニティ, 環境

位置:北緯29°11.9 、東経170°35.2

「クジラだ」とトレイシーがデッキから鋭く叫んだ。僕はダニと下のサロンにいて、ケルヴィンが料理したキムチと海苔のチャーハンを遠慮したあと、昼食のハマスを食べていたところだった。シー・ドラゴン号では野生動物の目撃情報は速報ニュースのようなもので、ときにはそれが日の移り変わりを示す唯一の情報だったりする。ダニと僕はカメラを掴むと、デッキへと出た。トレイシーはなにかの物体を双眼鏡で追跡しながら、遠い先をじっと見つめていた。前日は船首から100メートルもしないところでマッコウクジラがブリーチングしたため、今回も同じような機会に恵まれるのではないかと期待したのだ。しかし、遠くはなれたその物体はブリーチングも潮吹きもしない。「水面から出ているのはヒレかな?あれは何だろう?白いな、白クジラか?」 デッキにいる誰かが言う。僕はバウスプリットへ行き、写真を撮りはじめた。この日の世界には色が存在しなかった。灰色の空が灰色の海と水平線で混じり合い、まるでモノトーンの空間のなかを旅しているようだった。

その物体に近づいていくと、僕たちはそれがクジラでないことに気づいた。「船だ!」 僕が叫ぶ。たしかにそれは水面から顔を出した船首だった。小型船の頭3分の1が縦に浮き沈みしている。 海は穏やかで風は無いに等しく、その動きはとても優しい。ボートの両脇に日本語の文字を見つけると、すぐにそれが何かを理解した。日本から2,400キロ東にはなれたこの海で見つけたのは、津波が襲ったときにおそらく停泊地から引きはなされたボートだった。僕たちは軽トラックのスペアタイヤや畳などを毎日のように見つけている。津波によるものかもしれないし、そうでないのかもしれないが、何かしらの物体を見つけている。だがこの船はいままででいちばん大きいものだ。船のサイズ自体は大きいものではないだろう。僕の推測では全長4.8メートル程度で、中南米ではよく使われている小型モーターボートの日本版パンガのように見えた。

その船の下を調査しようと、僕たちは潜ってみた。水中から見ると、5個ほどのフジツボ以外はボートにはほとんど付着物はなかった。船内にはおそらく50か60匹ぐらいであろう、モンガラカワハギやツムブリなど、あきらかに場違いな熱帯魚の何種かが生息していた。僕たちが近づくと、魚たちは散り散りに逃げてはまた船へ戻る。どうやらこの船の欠片は、この群れにとって流動的珊瑚礁になったようだ。うしろの3分の2は無くなり、切れ目がギザギザであることが、この船を引き裂いた破壊的な力を示している。「残りはエンジンが付いたまま沈んでしまったんだろうか」 マーカスが言う。そして俺たちの考えは次の疑問へと移っていった。どのくらいの数の物体がこのように何か重い物によって沈み、そしてそれが腐ったとき、また水面へと浮上してくるのかという疑問だ。

船の前方の船梁に、擦り切れたロープがあった。おそらく波の壁がこの船を襲ったとき、停泊地から引き剥がされたロープであろう。調査を進めるにつれて、法医学的分析ゲームをしているかのような気分になってきた。しかしまずマーカスと僕の気持ちは厳粛なもので、そしてお互いを見つめて、考えた。これはどこかの漁師の船であり、誰かが海に出した小型ボートだったのだろう。それがいまはさまよい、見捨てられ、不気味に海に浮きながら、僕たちの脳裏から消えずに漂っている。僕たちは停泊ロープが明らかに引きちぎられていたことに安堵した。つまり、津波が到達したときはこの船は港につながれていたということだ。津波の到達時には誰もこのボートに乗っていなかったはずで、よってこの船で失われた命はない。少なくとも僕たちはそう願っている。もちろん損失には変わりないが、補うことができない損失ではない。

マーカスと僕が立ち泳ぎしながら、250メートルほど先に浮くシー・ドラゴン号を見ると、自分という視点はさらに小さくなった。僕たちは自分たちの5,000メートルほど下にある海底と陸地への距離を考えた。自分の家、ライフライン、そして自分の船からはなれて、海のど真ん中で泳いでいると、自分の無力さを痛感せずにいられない。海での僕の思考回路に影響を与え、途絶えることのないミームともいえる自分の存在の小ささが、僕たちは夜通しで航海しながら何を見過ごしているのかと考えさせる。どのような物体が、惨事から生まれたどのような物語が、静かに、忘れ去られ、そして誰にも気づかれずに僕たちの脇を流れていくのだろうか。実際、船の右舷や左舷から水平線を見渡す僕らの脇を、どれだけの難破船の漂流物が僕たちの目に触れることなく通り過ぎていったのだろうか。

僕たちは人間のもつすべての知恵をもっても、海についてはほとんど理解していない。数日前、現在僕がいるところから2,500海里(4,630キロ)はなれた僕の地元であるオレゴン州に、一隻の船が漂着した。その船はどうしてそんなに遠くまで流れていったのか。なぜほとんど漂うことなく流れていったのか。それがこの壮大な海がもつ隠された力であり、僕が知るすべもない秘密である。

そして、簡単な作業ではなかったが、僕たちの東への航海に、この小型船の残骸をシー・ドラゴン号の船首に乗せていくことにした。この写真に写った船の名前がどうにかこの船の持ち主に伝わり、持ち主が安全であることを確認できたらと願っています。日本の皆様、この航海のあいだも僕たちの心はいつもあなたたちと共にあります。

フリーランスの環境ジャーナリスト/報道写真家のスティーブ・J・ウィルソンは、〈ファイブ・ジャイルズ・インスティテュート〉のコミュニケーション・ディレクターを務め、さらに〈サーフライダー・ファウンデーション〉のアンバサダーで、環境の有害化学物質についての運動を進める国連の「セーフ・プラネット・キャンペーン」のアドバイザーでもあります。現在スティーブは少人数のクルーとともに北太平洋旋回を航海し、太平洋ゴミベルトのプラスチック汚染について、そして2011年3月11日に東日本沿岸を襲った津波によって引き起こされた被害を調査しています。彼の航海のようすや「プラスチック・プロミス」については、〈ファイブ・ジャイルズ・インスティテュート〉のブログでご覧ください。

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