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スリランカへの再訪

ベリンダ・バグス  /  2017年5月8日  /  サーフィン, デザイン

ほぼ10年ほど前、永遠に割れつづけ、見渡すかぎり人っ子ひとりいない神秘的なポイントの話を耳にしました。そんな話を聞いてぜひとも行ってみたいと思わないサーフィン中毒者がどこにいるでしょう。それがたとえ渡航勧告を無視し、内戦によって不安定な状況がつづく地域に足を踏み入れることであっても。

若くて経験もなく、ほぼ間違いなく愚かだった私は、数人の友人とともに旅に出て、アルガムベイで人生最高の波を体験しました。そこはスリランカの南東沿岸に位置し、時間が緩やかに流れる漁村でした。2004年のインド洋大津波から1年が経っていた当時、長年の武力紛争に苦しんできたこの地域は、やっと一般市民に開放されたところでした。

軍による検問はひんぱんにありました。車内で昼寝をして目を覚ますと、AK-47ライフルを頭に突きつけられながら、車の上に積んでいる荷物について質問を受たりもしました。それはこの旅は間違っていたと思うに十分な体験でした。でも車の上にあるのはサーフボードだけだと伝えると、彼らは笑顔とシャカサインで別れを告げていきました。これらはスリランカ人をうまく象徴している体験だと思います。彼らは戦争の真っ只中でも、笑顔を分かち合うことを忘れていませんでした。

昨年の秋、私はかつてセレンディップと呼ばれていたこの島に戻る機会に恵まれました。あの神秘的なポイントをサーフィンするためだけでなく、パタゴニアのサーフギアを製造する、フェアトレード認証を受けた工場を訪問するためにでした。少人数のクルーとともに首都コロンボに降り立つと、以前と比べてこれといった変化は見られませんでした。交通量はいまだ激しく、道は人であふれていましたが、そのような混沌のなかでもこの都市はどこかリズミカルに機能しているようでした。

人口5,600万人の都市の郊外に位置するこの工場でパタゴニアはさまざまなフェアトレード製品を製造しています。パタゴニアのサーフィン・アンバサダーとしての仕事を通じてアパレル産業について詳しくなる前、私にとって製造理念は重要ではありませんでした。私の服がどこからやって来るのかなど、疑問に思わなかったのです。この数年でとても多くのことを学びましたが、訪問初日に素材工場を歩いていると、数千の熟練の手が作業する様子を目にすることは特別なことである、ということに気づきました。はじめて、これらの手は家族を世話し、子供を養い、両親を大切にしてきた手であることを認識したのです。

消費者として、私たちは品質に、ブランドに、そしてより低い環境負荷のために代金を払います。それならなぜ私たちは、労働者が生活賃金を稼ぎ、安全な労働環境で働けるように、同様の選択をしないのでしょうか。工場を見学しながら、私は自分自身の消費について考え直し、いままでの人生で購入してきたすべての製品について疑問を抱きました。その結果、はっきりと声高に、フェアトレードを支持することを宣言しようと決心したのです。

翌日、サーフィンに行く途中で、天然ゴムのプランテーションに立ち寄りました。ここはパタゴニアがウェットスーツ用の天然ラバーを調達する2つのプランテーションのひとつです。タミル式の挨拶で出迎えられると、5歳になる息子のレイソンは教室へ遊びに行きました。最初は恥ずかしがっていた子供たちは、何度かゲームをして笑いあううち、遊びのコミュニケーションに国境はないことが分かりました。

パタゴニアではレインフォレスト・アライアンスによる森林管理協議会(FSC)の認証を受けたゴムのみを使用しています。それはつまり、木々や土地が大切に守られているプランテーションから採取されたゴムということです。この取り組みを反映しているかのように木々は美しく、力強く根付き、見渡すかぎり生い茂っていました。木から樹液が採取され、コップのなかへラテックスが流れ落ちていく様子は素晴らしいもので、手を伸ばすと、指先でゴムが固まっていくのに驚愕しました。前日に訪れた工場と同じように、私はようやく自分のサーフギアが実際に形作られはじめる場所に繋がりを感じるようになりました。プランテーションを歩きながら、いつの日かこれらの木から取れたゴムを、その主成分が種から育ったウェットスーツを、海で着ることになるのだと実感しました。

その晩の旅は夜通しで山を越える、長く疲れるものでしたが、海が私たちを呼んでいました。ネイサン・オールドフィールドは後部座席に、デイヴ・ラストヴィッチは床に挟まり、ジャラ・リンチとレイソンと私は、ジェンガのように真ん中の座席に折り重なっていました。夢から目覚めると、電飾を身にまとったサイケデリックな象を先頭にしたパレードが見えました。それほど私が疲れていたのか、または象が現実のものだったのかは、まったく分かりませんでした。

日が昇るころに海岸に着くと、湿気を帯びた空気のなかで、私はふたたび眠りに落ちました。午前9時には太陽は熱射を放っており、早朝のサーフセッションを逃したのは間違いだったことにすぐ気がつきました。2005年の最初の訪問では、これほどの激暑は記憶にありませんでした。散歩に出てみると、メインストリートはカフェやホテル、「サーフレッスン」の看板であふれていました。道は舗装され、ヨーロッパの観光客がビーチを埋め尽くし、覚えていた光景とは大違いでした。

その翌日、私たちはトゥクトゥクにサーフボードを積んで、暑さから逃れるために遠くのポイントブレイクへと向かいました。観光地から離れると、インド洋の静寂は変わっていませんでした。サンドバーで小さな波がパーフェクトに崩れていく、ここはまさにロングボード天国でした。長い壁がラインに沿って徐々に崩れていき、正確にポジションニングを取れば、人生最長のノーズライドが楽しめます。

翌週は早朝からスタートするのが日課になり、混雑から離れて、終わりなくつづくライトのポイントを楽しみました。楽しむことが優先順位を占める毎日……。ロング、ショート、エッグ、フィッシュ、ボディーサーフィン、友達と一緒に、そして私のいちばんのお気に入りは、レイソンをおんぶしながらのサーフィン。午前10時にもなれば、その場しのぎのテントでは厳しい日光から逃れることができず、新しい友人のカフェへと避難。地元料理や冷たい飲み物を楽しみ、ハンモックでリラックスして過ごしました。

1週間後、うねりは消え、空には雲が広がりはじめました。雨期の到来とともに、私たちの遊びも終わりに近づいていました。荷物をまとめていると、ロングボードのバッグを住処にしたサソリを2匹見つけました。私の愛する板たちを詰め込む前に、すぐに追い出しましたが。

コロンボへと埃の道のりをたどるあいだ、ここでの時間を思い返しました。最後に訪れたときから変化したことも多くありましたが、何よりも、波とローカルの笑顔はそのままでした。

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