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Stay Casual―フィルムがつなぐ波の記憶

冨田 隆  /  2026年4月30日  /  サーフィン, カルチャー, スポーツ

1960年代のスタイルに魅せられ、フィルムでロングボード・サーフィンを撮り続けてきた竹井達男。その歩みは表現の枠を超え、サーフィン文化の継承と次世代を育む活動へと広がっている。

写真家・竹井達男は、良いものを作るためには時間と労力を惜しまない、ものごとの進め方がきわめて巧遅な人だ。1990年代前半からカリフォルニアに通い続け、バンライフをおくりながら長期滞在を繰り返し、フィルムにこだわって主にロングボード・サーフィンを撮影してきた。サーフフォトグラフィーの巨匠リロイ・グラニスやサーフィン映画の先人バド・ブラウンらの薫陶を受け、ジョエル・チューダーやトーマス・キャンベル、デヴォン・ハワードたちとの交流からサーフィンのタイムレスな美意識を培った。焦らずじっくり時間をかけてサーファーとの信頼関係を築き、波と風と地形と光を読んで、ヴィンテージの望遠レンズでスタイルを撮り続けること20年。2018年に上梓した写真集『Authentic Wave』は、そんな彼の集大成である。

2019年、写真集のリリース記念ツアーがアメリカ西海岸からスタートする。良い関係を築いてきたいくつかのサーフショップでのスライドショーとサイン会は、竹井のカリフォルニアへの恩返しの意味も込められていた。その想いに応えるかのように、カリフォルニアのサーファーたちも彼が時間をかけてやり遂げた丁寧な仕事を祝福した。もっとも印象深かったと語るのは、サンディエゴにあるパタゴニアのカーディフ・ストアでのサイン会だ。

「カーディフは僕がカリフォルニアで拠点としていたエリア。友人のサーファーがおおぜい駆けつけてくれて、足りるだろうと思っていた写真集があっという間に売り切れてしまったのは嬉しい誤算でした。結局パタゴニアではもう1回イベントを開催したんです。裏のパーキングでのスライドショーの進行役はデヴォン・ハワード。彼との掛け合いも楽しく、イベントは大いに盛り上がりました。イベントとは別に、トーマス・キャンベルから突然電話で祝意を伝えられたのも印象に残っています。『この本は君の情熱と愛の塊だ』みたいな、彼らしくないストレートなセリフに驚かされたけど、嬉しかった」

大阪で生まれ育った竹井がサーフィンと出会ったのは高校生のころ。レンタルビデオ店で、ある作品のジャケットの写真に惹かれて、直感に従い借りてみたのがきっかけだった。

「裸に海パンの男性が長い板を抱えていて、なんだろこれって思った。タイトルは『ビッグウェンズデー』。それが初めて観たサーフィンの映像でした。それからシングルフィンのロングボードに興味を持ってサーフィンを始めたのはいいけれど、僕が乗っていたのはスラスターのショートボードだった。ずっとロングボードに乗っているつもりでいたのに、その違いを理解したのは3年も経ってからでした。要するに何もわかってなかったんです。先輩からロングボードを知るならカリフォルニアだと教えてもらいました。アメリカに短期留学しようとお金を貯めていたので、じゃあカリフォルニアに行こうと。1993年のことです」

1ヵ月の短期語学留学でサンタバーバラにホームステイし、本場のサーフィンを体験するうちに、すっかりカリフォルニアとサーフィンに魅せられてしまった。2回目の渡航は学生ビザを取得しサンディエゴのカレッジへ。当初は語学留学だったが、トーフルの試験に合格したのを機に本科へと進み、専攻に写真を選んだ。その理由もまた、サーフィン雑誌で見た60年代の伝説のサーフフォトグラファー、ロン・ストーナーの写真に影響を受けたからだった。在学中にジョエル・チューダーとも出会い、彼をはじめとするスタイルあるサーファーたちを撮り始める。

やがてデジタルカメラの時代が到来するが、竹井はシングルフィン・ロングボードをフィルムで撮ることにこだわった。さらには16mmフィルム(映像)にものめり込んだ。彼の食指はいつだってクラシックな方向に動く。寿司屋でのバイト代のすべては機材購入に充てられた。そうやって時代に逆行し、人とは違うアナログな道を20年歩み続け、珠玉の写真の数々を一冊にまとめた。写真集出版に際し、彼は印刷と製本にも立ち会い、文字通り我が子が生まれる瞬間を感慨深く見守った。

写真集のリリース記念のツアーは、西海岸のあとに東海岸、その後はオーストラリアやニュージーランドと続くはずだった。しかし、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックによって予定は白紙となる。長らく日本から出られない状況が続いたが、結果的に竹井はそれをポジティブな方向へ転換していく。

写真集の制作と並行して、以前から彼にはもうひとつのライフワークがあった。それは日本のサーフィン文化史の探求だ。いまから20年以上前に、あるレジェンド・サーファーが写真家から預かっていた500本にも及ぶ古いネガフィルムを託されたのがきっかけだった。

「僕はオタクなところがあって、国内のサーフヒストリーの特集記事を日本のロングボード専門誌で読み、もともと興味を持っていたんです。そんな記事を集めていた矢先でした。それらの古い写真の噂は聞いていたので、『本当にあったんだ』と心が躍りました。ただ、ネガの保存状態が悪かったため、大阪に持ち帰って1本1本熱処理をして修復し、スキャンしなければなりませんでした。写真学科で習った技術が活きて、4ヵ月を要したけど、その価値は十分にあるものでした」

しかし日本のサーフィン史を紐解くには、まだその写真だけでは足りなかった。撮影者が故人だったため版権の問題もデリケートで、調査は思うように進まず、もどかしい思いでいた。そんなとき、また別の依頼が舞い込む。新たに昔の写真が大量に出てきたのだ。しかも撮った写真家も存命。預かっていた500本のネガと新たに見つかったネガを合わせると、知られざる60年代の日本のサーフシーンのおおよそが見えてきたのだ。これが竹井の背中を強く押した。そののち最初の500本の版権が彼に譲渡されたこともあり、本格的に資料の収集と整理を行うために、一般社団法人「日本サーフィン歴史保存協会」を立ち上げる。主な活動内容は、歴史的な写真や映像の発掘と収集、保存である。竹井は海外に行けなくなった時間をその活動に費やした。傷んだプリントの復元やネガフィルムの修復を手間ひまかけて行い、1960~70年代までの写真コレクションは、現在10,000枚を超える。

「写真はただ集めるだけでなく、いつの年代か、写っているのは誰か、どんなストーリーがあるのかが重要で、いまはレジェンド・サーファーの方々にアドバイスをいただきながら情報を整理しているところです。日本のサーフィンの歴史は湘南と千葉がメインだと思っていたんですが、1969年までに日本海を含めた全国各地でかなり早い時期からサーフィンをしていたことがこれらのアーカイブスからわかってきたんです。70年代は日本のサーフィンが発展していく時期ですが、僕はその前の時代をほじくり返しています。1、2枚の写真を調べるだけでも、そうとう深いことがわかったりして、正直びっくりしています」

写真について話を聞くために、竹井は各地のサーフクラブや年配のサーファーを訪ね歩いている。訪問したレジェンド・サーファーがその土地の別のキーマンを紹介してくれることもある。「まるで探偵のよう」と笑うが、その姿はコツコツと現地調査に赴く愚直な歴史学者だ。サーフィン文化への深い情熱と探究心がなければできることではない。時間のかかる作業だが、写真について語ることができるレジェンドは高齢者ばかりで、悠長に構えてもいられないという。

いつか日本にもサーフィンミュージアムを作れないか。彼は以前からそんな夢を抱いていた。カリフォルニアには良質なミュージアムがいくつかあり、そのひとつ「カリフォルニア・サーフ・ミュージアム」でボランティアとして映像アーカイブスの編集を手伝った経験もある。ミュージアム開設には場所と資金と資料の3つの要素が必要だ。資料は揃いつつある。保存協会の活動を知った人たちからの寄贈により昔のサーフボードも徐々に集まってきた。これらを少しずつ公開しながら、場所と資金に解決の道が開けるのを待つ。日本のサーフィンの歴史と文化を深く掘り下げることは、日本のサーフィンの未来につながることだと固く信じながら。

未来につながることでいえば、彼にはまた別の活動がある。それは子どもたちにシングルフィン・ロングボードの魅力を伝え、彼らが楽しく続けられるようにサポートすること。コロナ禍以降、「Single Fin Study Group(SFSG)」というスライドショーを軸としたシングルフィン・ロングボードを深掘りする勉強会を日本各地で開催し、その土地土地でロングボードが上手い有望な18歳以下のサーファーと出会うたび、声をかけては親御さんの許しを得てレッスンをしてきた。「Single Fin Study Group KIDS」、通称「SFSG KIDS」という子どもプログラムだ。指導や育成、コーチングとは違った、文字通り鼓舞するかたちで個々の個性とやる気を引き出す。そのなかからすでに2人がプロになった。

「ヴィンテージボードに試乗できるビーチイベントを開催しても、若い参加者は少ないんです。この子どもプログラムも、シングルフィン・ロングボードの火を絶やしてはいけない、という想いがあってのもの。技術的なアドバイスではなく、なるべくロングボードを楽しむ要因を見つけられるようにサポートしたい。子どもって成長が早いんです。しばらく会わないうちにサーフィンがすごく上手くなっている。そういう子が各地に何人かいるので、今度みんなで合宿するのもいいし、いきなりヴィンテージボードに乗せても面白いかもしれない。さらにスタイルある良いサーファーになるんじゃないかな」

とにかくシングルフィン・ロングボードに対する愛が深い。カリフォルニアのバンライフ時代は、1966年製のゴードン&スミスを相棒にしていた。カリフォルニアの某サーフボードレーベルにはTatsuo Specialという竹井のモデルもある。ここ数年は、地元大阪以外に青森にも拠点を持つようになり、その波に合わせてバージョン違いで何本かのTatsuo Specialを削ってもらっては乗り味をテストしている。いっぽう千葉のシェイパー、河野健児にもピンテールを削ってもらい、こちらもテスト中だ。最近は九州にも拠点ができた。北と南の拠点に定期的に通いつつ、SFSGの勉強会や保存協会の取材などで海沿いを旅しながら各所でサーフィンを楽しんでいる。その間、予想もしていなかったところで良い波に遭遇することもあるという。

「海は、自分を整えに行く場所ですね。自由にサーフィンできる良い時代に生きてることに感謝し、ポジティブになれる場所でもある。各地を巡って海に入らせてもらう。それは、どこかお遍路さんのよう。道中、いろんな気づきもある。だから海に行くのは、波に乗るだけが目的じゃないのかもしれない。とはいえ予期せぬ良い波との出会いは嬉しい。すごく小さい喜びですけどね。ただ、一喜一憂せずに気持ちをフラットに保つことを心がけています。『ビッグウェンズデー』で、徴兵されてこれから戦地に赴くヤツに『Stay Casual』って声をかけるシーンがあるんです。カリフォルニアのロガーがよく使う言葉で、『力まず気楽にな』という意味。僕にとってサーフィンは、自分を一定に保ってくれる、『Stay Casual』でいられるものなのかなとも思う。期待しすぎず、気負わず、上がり下がりなく、つねに自分を一定に留めておく。でも、小さな喜びの積み重ねで気持ちは充実するんです」

時間対効果を求めがちな時世に流されることなく、功を焦らず実直に歩んでいく。ときおり期せずして当たるという良い波は、そんな彼への海からのご褒美なのかもしれない。

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