森を走る、子どもの自治
2020年の春。コロナ禍の休校が続いたある日、走るのが大好きな小学5年生から中学1年生までの子ども5人が、「トレラン部」をつくり、神奈川県逗子市の山々を走り出した。
突然の休校で、人と人の距離を取らなければならなくなったあの時期。大人たちは「子どもの行き先をどうしよう」と落ち着かない日々を送っていた。創設メンバーのひとり、当時10歳だった伊藤杏の母である私も、その一人だった。けれどそんなことは意にも介さず、彼らは毎日のように外で待ち合わせをしていた。
集まっていたのは、逗子を拠点に、海・山・川で子どもたちが遊ぶ地域の活動グループ「黒門とびうおクラブ」の子どもたち。その中でも、とりわけ「走ること」が好きなメンバーが集まった。
3月、学校がなくなり、彼らは毎日のように海で遊んでいた。ところが4月に入ると状況は一変する。都内から人が押し寄せ、逗子海岸には「海に行くのは控えましょう」と声を上げる人たちが現れた。公園で遊んでいても学校の先生が見回りに来て、「お家にいようね」と子どもたちに声をかける。それでも、「外で遊びたい」「仲間と時間を過ごしたい」と、行き場を失いかけたそのエネルギーは、やがて山へと向かった。
「山なら人に会わないから、走っても怒られないでしょ」
「密にならないように、2メートル空ければいいんでしょ」
彼らはそう言って、ザックに2メートルを測るためのロープまで忍ばせた。一度に大人数で走らないよう、山に入るのは2〜3人ずつ。自分たちなりのルールをつくり、それを守りながら、走り出した。順番を待つあいだ、山の麓にある仲間の家で畑を耕しはじめる子もいた。子どもたちは、ただ居場所を奪われたわけではなかった。むしろ、自分たちで新しい居場所をつくりはじめていた。
最初はただ、「走るのが好き」「仲間と一緒にいたい」という気持ちで集まっていただけだった彼らは、時間を持て余すうちに裏山を開拓し、全長800メートルほどのミニトレイルを作った。大人の畑仕事も手伝って、収穫物を屋外で料理しながら、「次はどこを走る?」「どんな大会に挑戦したい?」と語り合った。チームのロゴを考え、Tシャツをつくり、毎日のように新しい遊びとトレーニングを生み出していった。
周りの大人たちもいつしか、「学校がなくても、みんなこんなに毎日楽しみながら成長しているんだ」と感じるようになっていた。
これが、いまでは4年生から高校生までがつながる「逗子スカイランナーズ」のはじまりだ。
パンデミックが落ち着いた頃、地域の大会が再開された。みんなで表彰台に立つと、「もっと走りたい」という気持ちが高まっていった。
ちょうどオンラインで参加できる企画が増えた時期でもあり、「100 Miles to Auburn」という、トレイルランニングの長距離の世界水準である100マイル(約160キロメートル)と同距離を1か月で走るオンライン大会の情報を伝えると、当時12歳だった初代「部長」の山岸大志くんを筆頭に、「やる!1日8キロくらいなら余裕でしょ!」と即答。毎日地道に走り続け、3週間目にはメンバー4人が100マイルを完走した。
そんなふうに、遊びの延長のように挑戦を重ねるなかで、できることが増え、逗子スカイランナーズならではの文化が育っていった。あくまでも子どもたちの自主活動で、大人のサポートといったら大会情報を伝えるくらいなものだ。毎週火曜日の練習内容や活動方針は、すべて子どもたち自身が決める。待ち合わせ場所などの連絡は、親のLINEに自分たちで入力してやりとりする。もちろん小さな揉めごとはあるけれど、それもなんとなく、自分たちで解決している。
やがて子どもランナーたちは、地域の大会だけでなく、県外のトレイルランやスカイランニングの大会にも参加するようになっていった。
町の飲食店「エイド・キッチン」からお弁当の支援も届くようになり、世界で活躍するトレイルランナー・宮﨑喜美乃さんともつながった。毎週木曜日の朝、学校に行く前に喜美乃さんと一緒に走る「朝練」が続いた時期もある。まだ眠そうだった顔が、山に入ると一瞬で変わる。憧れの背中を追いかける子どもたちは、本当に嬉しそうだった。
2022年の春、初期メンバー全員が中学生になるタイミングで、後輩たちへの引き継ぎが行われた。上級生たちは自分たちで話し合い、新しい部長と副部長を決めた。そして、新部長に選ばれた5年生に向かって「なぜ君に部長を託そうと思ったのか」まで丁寧に伝えていた。たくさん褒められた新部長は思いっきり照れていたが、その表情は確実に勇気を受け取っているように見えた。
中学生になった元部長、永井孤くんが言った。
「大事なこと言うから、よく聞いて。その日どこに行くかは、みんなで相談して決めること。鬼ごっことか、遊びもたくさん入れていいけど、山には必ず行くこと」
横から、同じ代の杏も続ける。
「あとは、ゆっくりな人もちゃんと楽しめているか、みんなで気にかけること」
後輩たちの真っ直ぐな眼差しが印象的だった。少し不安そうな新部長を見て、元部長が続けた。
「大丈夫。中学生で相談したんだけどさ。みんなが慣れるまでは、俺たちが毎月1回ずつ部活を休んで、交代で練習を見に来るよ」
後輩たちは、真剣な顔でその言葉を聞いていた。子どもたちの自治力に、心が震えた瞬間だった。
部長である6年生(取材時)の鏑木雅人くんに、最近何が楽しいかを聞くと、こう話してくれた。
「みんなとダッシュしてるときが一番楽しい」
お気に入りのコースは、海岸を走ってから披露山に登るルートだ。
「披露山まで行って、鬼ごっこするのが楽しい。坂は普通に、かなりきついけど」
それでも、森を走る時間は特別だ。季節ごとの木々の匂いを吸い込みながら、海から吹き上げる風の中を走る。ときどき、中高生の先輩たちが練習に顔を出すこともある。
「先輩たちは、リードするというより、みんなの練習についてきてくれる感じ。でもスピードはめちゃくちゃ速いです。ユースのキャプテンとかもいるので、全然ついていけないくらい速い」
安全についても、子どもたち自身が考えている。 もし山で怪我をしたらどうするか。新入部員が入ると、山で事故が起きたときの対応を5〜6年生がデモンストレーションする。これは、初代から続く伝統だ。親への連絡の仕方や応急処置の方法を練習する。
その背景には、「子どもだけで山に入るからには、自分たちで対処できる力を身につけてほしい」という親たちの思いがある。安全講習については、山が好きな保護者も内容づくりに関わりながら、その土台を一緒に整えてきた。
「今日も、ヘッドライトとエマージェンシーシート、応急対応の紙はみんな持ってるよ」
それも、先輩たちの代からみんなで決めて繋いできたルールだと教えてくれた。
2026年の春、雅人くんはスカイランナーズの小学生チームを卒業した。その節目に、トレイルランニングが好きな親たちのあいだで、「卒業記念に、逗子をぐるっと一周、走ってみる?」という提案が持ち上がった。
逗子の輪郭線をなぞるこのトレイルのコースは、イルカのような形をしていることから、地域のランナーたちのあいだで「逗子イルカ」と呼ばれている。全長は約32キロメートル。小学生にとっては、決して簡単な距離ではない。小学4年生から6年生までの子どもたちが、このアップダウンのあるトレイルを一周することになった。コースの一部は知っていても、通して走るのは初めてだ。そこで当日は、大人たちが伴走し、ジュースやおやつを担いで途中から合流する“エイド役”や、万が一に備えたサポート車も用意した。
3月22日の朝6時半、逗子海岸に集合し、元気にスタート。上りは歩き、平坦や下りはジョグ。休憩や遊びの時間もたっぷり取りながら、「なんとか全員で完走できたら」「16時半に戻って来られたら上出来かな」と親たちは話し合っていた。
ところが──気がつけば、15時には全員が逗子海岸に戻っていた。大人の予想を1時間以上も上回るペースでの完走だった。伴走した大人たちは口々に言った。
「励ましながら走るつもりだったのに、その必要が一度もなかった」
「みんな速いし、体力もある。むしろ“待って!”って言う場面もあったよ」
「サポートしてあげる」つもりだった大人たちは、毎週、近所の山を走り回り、エンドレス鬼ごっこを続けてきた子どもたちの底力を、あらためて思い知らされることになった。
中学1年生(取材時)の鈴木龍樹くんは、この「逗子イルカ」を小学生ながら初完走したランナーだった。逗子スカイランナーズに入ったのは、小学3年生のとき。本来は4年生以上というルールだったが、地元のトレイルランニングの大会で声をかけられ、スカイランナーズに憧れ、「今年から入れてください」と頼み込んで参加したという。
「上級生と一緒に森を走るのは初めてでした。最初の日、5〜6年生に必死でついていこうとして、滑って転びました。膝をすりむき、みんな速いし、これ大丈夫かなと思った」という。それでも続けた。
「その後が楽しかったので、これからも頑張ろうと思いました」
スカイランナーズでよかったことは?と聞くと、こう答える。
「輪が広がることです。いろんな人に出会えるし、いろんな場所に行ける。トレイルランニングだけじゃなくて、山も好きになりました」
今は中学で陸上部に入り、1,500メートルと3,000メートルを走っている。陸上をずっと続けるかはまだわからないけれど、トレイルランニングは続けたいという。
「山は面白いです。そこに行かないと見られないものもあるし、すごく楽しい」
将来は海外の山も走ってみたいと話してくれた。インスピレーションの源には、きっと、世界で活躍する先輩たちのこともあるのだろう。
逗子スカイランナーズの全員が、トレイルラン一筋というわけでもない。サッカーやラグビーのトレーニングとして走る人、アドベンチャーレースに夢中になる人、憧れの先輩を追って参加する人──動機もさまざまだ。
それでも、いつもそこにあるのは、「走るのが好き」「仲間が好き」という気持ちと、少しの憧れ。そして、子どもたち自身がつくりあげる自治の力。誰かに与えられたものではなく、自分たちで育ててきたからこそ、次の世代へも自然と手渡されていく。
今週も、火曜日がくれば子どもたちは森へ向かう。特別な理由なんてない。走るのが好きで、仲間がいるから。それだけで十分だ。