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2007年にホクレアが日本にやって来て、今年でちょうど10年になる。

デューク金子  /  2017年5月29日  /  コミュニティ, カルチャー

僕はいつも海に出るたびに、ホクレアからの宿題をいまでも自分に問いかけつづけている。

陸のスピードに流されて生きていないだろうか?
テクノロジーという箱のなかだけで生きていないか?
僕らは海とつながっているだろうか?

僕は、10年前のホクレアとの出会いによって、魂の、心の目が開かれ、自分を、世界をみる目が変わったのだった。

ハワイを舟出したホクレアは、コンパスやGPSなどのテクノロジー機器に頼らずに、風とウネリと鳥とそして、太陽と星などの自然から得られるサインだけを頼りにして、ミクロネシアのサタワル島、パラオやヤップ島を経由して、日本の沖縄に2007年4月24日に到着した。ちょうどいまから10年前のことだ。そして6月21日に貨物船に載せられてハワイに帰るまでのあいだ、糸満、奄美大島、宇土、野母崎、長崎、福岡、新門司、祝島、周防大島、宮島、広島、宇和島、室戸、三浦、横浜を訪問した。キャプテンのナイノア・トンプソンは、公式にはアロハの心を日本人に伝えるために、そして、ハワイアンと一緒に島を開拓した多くの日系人の祖先、ハワイ移民を出した港を訪ねて感謝の気持ちを伝えたいために、日本にやって来たということだった。

アメリカから、父親の介護のために帰郷していた僕は、不思議な導きから自分の生まれ故郷でもある長崎市の野母崎と出島に寄港するというホクレアの歓迎委員会を発足する役目を担うことになった。他の寄港地とは違い、長崎に寄港する理由は、長崎が平和の象徴の都市だからというものだった。太平洋戦争はハワイのパールハーバーからはじまり、ホクレアがその航海でたどってきた太平洋と島々が戦地となり、多くの人びとが亡くなり、海の底にも多くの魂が眠っている。その海域をホクレアは、亡くなった人びとの魂を慰霊しながら、自然からのサインだけを頼りに航海しつづけて来た。そして、終戦を決定づけた長崎という街に寄港したのだった。ハワイアンの長老が良く口にした言葉を思い出す。「Wa’a(カヌー)は精霊と魂を乗せることができる唯一の乗り物なんだ」 きっとホクレアには、ハワイの土になった日系人からはじまり、戦地で亡くなった多くの魂が乗って、日本の大地に戻って来たのだと、僕は勝手に感じた。

いまの僕しか知らない人は驚くと思うが、その当時の僕は44歳、それなりにアメリカと日本にオフィスを構える起業家で、茅ヶ崎の海辺に住み、忙しく仕事に追われる生活をしていた。そんな僕が、「ホクレアに取り憑かれた」と10年前の僕をふりかえって妻が表現するように、ホクレアに没頭した。仕事も家庭もかえりみない数か月間がつづいた。

僕自身は19歳のとき、留学先の南カリフォルニアのサンディエゴでアウトリガーカヌーに出会った。そのころは南カリフォルニアでも、ハワイのカヌークラブでも、長老のハワイアンたちが昔ホクレアクルーだったり、息子たちがホクレアに乗っているという話をあたりまえのように聞かされていて、ホクレアのクルーは皆んながカヌーパドラなんだと理解していた。1975年にホクレアが建造されたときには、大人数で漕いで動くように造られていた、などという話も聞いていたので、僕にとってはWa’aイコールHokule’a という印象があり、ホクレアはハワイアンにとっての特別なスピリットなんだということぐらいは知っていた。

そんな僕が、ホクレアを沖縄の糸満で出迎えたときに、そのときのたしかキャプテンだったチャドに、「お前はホクレアに乗るべきだ、ホクレアがお前を呼んでいる」と言われた。長崎歓迎委員として準備することがあるという理由で一度は断ったが、その後、熊本の宇土市にホクレアが寄港したので打ち合わせのために行ったら、また同じことを言われた。結局ホクレアにクルーとして乗船することになり、歓迎委員として長崎の野母崎と出島でホクレアを出迎える立場なのに、なぜか逆に歓迎される立場になって野母崎と出島に上陸したのだった。

「ホクレアのクルー」とは言っても、僕はただホクレアに寄りそい、日本側のスポンサーがサポートしていたオフィシャルなクルーたちや取材スタッフがホテルや旅館に泊まっているあいだ、停泊した港で何日もホクレアに寝泊まりをし、ウオッチ(番)をすることが僕のクルーとしての役目だった。もちろんボランティアのクルーだったのだが、たった1人でホクレアに寝泊まりする機会もあり、それは母親の子宮のなかにいるように暖かく、それでいて雄大な大海原のなかに1人カヌーで漂うような、そんな不思議で神秘的な経験だった。ホクレアに24時間寄りそうという貴重な体験は、かなり衝撃的で、僕の生活と価値観を180度変えた。僕の魂の目を開かせてくれたのだった。

横浜でホクレアとの最後の夜、ホクレアクルーのマカが、「これははじまりのはじまりだよ」と言い残していった言葉が頭からはなれず、44歳だったにもかかわらず僕は何か月も路頭に迷い、時空をさまよいつづけた。そして断捨離、ミニマリスト、仕事にも見切りをつけ、僕がやらなきゃいけない 「何か」 をやらなければと思いつづけた。ビジョンクエストしつづけた。そしてその翌年、葉山にアウトリガーカヌークラブを設立した。

ホクレアと同じスピリットをもち、海を生命体と意識し、愛をもって向き合いながら海を渡る、そんなカヌークラブだ。小笠原諸島、そしてその先の遠くの島々まで、仲間同志が助け合い、分かち合って、一つのWa’a(カヌー)を漕いで渡ることが出来るオハナWa’a(カヌー家族)を作るのが、僕がホクレアから与えられた使命だと信じている。10年のあいだ、たどりつくべき島が見えなくなり、潮と風に押し戻され、雷雨に挫ける時もあったが、いま僕は伊豆半島最南端、南伊豆の外洋の海を漕ぎ、島を目指して漕ぎつづけ、『海の神』の存在を信じることで、やっと見えない島が、そこにある、と心の目で見ることが出来るようになったのだ。

そしていままさに、ホクレアは3年におよぶ、「地球に寄りそう」ための壮大な地球一周の航海を終えようとしている。

もともと、ホクレアは、ポリネシアン トライアングル(ハワイ諸島、イースター島、ニュージーランドを結んだ三角形)内の海域だけで30年ものあいだ、何度も何度も島と島のあいだを、星や鳥や海からのサインだけを頼りに航海をつづけてきた。その古代ポリネシア人の遠洋航海術を現代に復活させることで、自分たちの祖先が何者で、どこから来たのか、そしていかに素晴らしい能力をもっていたのかを証明することで、ハワイアンのアイデンティティを蘇らせた。そしてその古代遠洋航海術を未来の子供たちに継承するために、ホクレアは航海をつづけてきたのだ。

そんな、「ハワイの星」ホクレアが、ポリネシアン トライアングルから出て、2007年の航海で経済大国の日本を訪れ旅したことで、いろんな意味での気づきがあったのだと思う。 地球の未来のために、世界中を周って、地球と寄りそわなければ……と切実に感じたのではないかと僕は思う。だからこそ10年前の日本への航海は、いまの世界一周の航海のはじまりだったと思う。もちろん、これは僕の勝手な解釈だ。でも、だからこそ、日本人である僕は、あのときからはじまり、僕らのホクレアでもあるWa’a(カヌー)でいまも海を漕ぎつづけている。

この「地球に寄りそう」世界一周の航海でホクレアが寄港する街や村、都市や島々で、彼女は何を伝えてきたのだろう。彼女に出会った人びとは何を感じ、何を与えられたのだろう。そして彼女は7つの海を、地球全体を、優しく手のひらで愛撫するかのように、かけぬけて行った。何も破壊することなく、何一つ無駄にすることもなく、音も立てずに、ただ静かに、人間らしい速度で、古代の人びとがそうだったように、星をたよりに、太陽や雲をたよりに海の上をかけぬけて行ったのだろう。いま、彼女は最後の寄港地であるタヒチを舟出し、ポリネシア人の桃源郷でもある、聖地ライアテア島で祈りを捧げ、ハワイのオアフ島に向けて最後の航海を続けている――6月17日ハワイ到着予定。

この話を、ホクレアとつねに旅する魂、Eddie, Tiger, Mau, そして矢倉君に捧げます。

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