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ちょっと変わったフィッシュ・レポート:シーフード・サミット2011からの報告

ちょっと変わったフィッシュ・レポート:シーフード・サミット2011からの報告

2011/07/19 2011年7月19日

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今回はパタゴニアのフライフィッシング・アンバサダー、ディラン・トマインによる投稿です。バンクーバーで開催された第9回シーフード・サミットから、今日の水産業界の現状を紹介します。彼は基調講演を行ったイヴォン・シュイナードとともに、今年のシーフード・サミットに参加してきました。ディランの所見をお読みください。

シーフード・サミット2011 
2011年3月2日 バンクーバーにて

冬場の釣りと薪割り、そして執筆活動から少しはなれて、僕は2011年度のシーフード・サミットに参加した。この会議には世界中の漁業関係者や環境保護団体、科学者やジャーナリストたちが集まった。

このサミットは長年敵対してきた関係者たちがみずからお金と時間を割いて集まり、どうすれば水産業界をさらに持続可能なものにできるかを話し合うという異例の会議だ。かつては環境保護団体の小さな集まりであったのが、いまでは北米最大のシーフード加工会社のひとつ、ハイ・ライナー・フーズの後援によって行われている。皆を集めたこのイベントの主催者のSeaWebには脱帽である。それではバンクーバーから僕の所見をいくつか紹介しよう。

[世界中の水のある場所を渡り歩いているといっても過言ではない熱心なフライフィッシャーマン、イヴォン・シュイナード。彼は今年のシーフード・サミットの出席者を前に基調講演を行った。写真: Tim Davis]

睡眠薬をくれ。
基調講演の前に、我らがイヴォン・シュイナードは主催者に眠れない夜を与えた。その講演には、「多くの種類が混ざり合う遠洋で捕獲された特定のサーモンが、絶滅危惧に瀕している種類なのかどうか知るすべがない」という無差別に捕獲する商業漁業に対しての非難が入っていたからだ。そして彼は漁師から加工業者、そして消費者にいたるまで、すべての参加者たちに向かって挑戦を投げつけた。自分たちが扱う魚がどこから来ているのかを理解するという挑戦だ。捕獲された場所だけでなく、その魚がどこでふ化し、どこで繁殖し、どこの祖先に属するのかまで・・・。会場は緊張したため息と、落ち着かない様子で資料をめくる音で満たされた。僕の隣に座っていた女性は、いまにも吐きそうな顔をしていた。朝食に悪いエビでも食べたのかもしれない…。

しかし、イヴォンはパタゴニアのコットン産業の経験を引き合いに出して、 有害な業界の内側から改良を押し進める「市場を基盤とした解決策」についても言及した。依然として不平は聞こえたものの、今回のサミット全体を通して活発な議論を促すきっかけを作ったようだ。僕が話した多くの環境保護団体のあいだでは、変化をもたらすためにはイヴォンが促進している、「市場を基盤とした解決策」が断然に効果的な方法である、との強い合意があるようだ。たしかに希望がもてる見解だ。

冗談だよな?
ジャーナリストたちによるパネル討論では、サケ養殖の大企業やアジアのエビ養殖業界の代表者たちがマイクの前に立ち、なぜ自分たちがメディアで批判の的になっているのか、と尋ねる姿に驚かされた。間違いなく非生産的な皮肉になっていただろう僕の反応を何とか抑えなくてはならなかった。

遠慮するな。
僕はサーモン保護活動家のアーロン・ヒルが〈Marine Stewardship Council〉を責めるのを見た。MSCは必要条件を満たす前のアラスカのサケ漁業に認証を与え、破滅的な結果を招いたフレイザー・リバーのベニザケにも同じ認証を与えたのだった。アーロンはこの組織の代表の隣に座っていたが、それはもっともな抗議をする彼の勢い止めることにはならなかったようだ。

クラゲはいかがですか?
持続可能な魚介料理を提供しながら客を満足させ、ビジネスを成功させる方法を探求する著名なシェフたちのパネルもあった。ステーキにできるサーモンやマグロ、メカジキ、シーバスなどを客が多く要求するレストラン業界にとっては、簡単な問題ではない。しかしシェフは同時に世論のリーダーでもあり、私たちの嗜好をさらに持続可能な魚介類へと移行させるための重要な役割を果たす存在であることは明らかだ。「今夜はいいクラゲが入っています」 バンクーバーのC Restaurantで最近、ロバート・クラークがメニューに出しているらしい。

シーフード・サミットは全体的にいって目が覚めるような経験だった。僕のように魚を捕まえて食べることを純粋にリクリエーションであると思っている人間にとってはとくに・・・。こうした会議で物事が実際にどれだけ前進するかは分からないが、関係者がひとつの場所に勢ぞろいし、面と向かって話し合うという事実は、将来へのちょっとした希望を与えてくれる。また、この討論は水産業界や、魚の生態系に個人的な興味をもつ僕たちのような人間のためのものではないということも分かった。そうしたことをはるかに超えた重要性を秘めているのだ。究極的には、海産物を消費する僕たちすべての人間が、集合的に、自分たちの海がどのように収穫されるかについての最終的な発言権をもっている。だから正しく食べよう。

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