ビール業界をオーガニックへと変えていく
認識を変えることは簡単ではない。人びとの選び方を変えるのは、さらに難しい。とりわけビールのように、多くの人に親しまれ、個人的な嗜好に深く結びついたものでは、なおさらだ。
はじめに
この記事の執筆者であるルヴァニ・デ・シルヴァは、テキサス州オースティンを拠点とするフードライター。サステナビリティ、DEI(多様性、公平性、包括性)、旅行、カルチャーをテーマに、『Washington Post』、『Good Beer Hunting』、『VinePair』、『Modern Farmer』などに寄稿している。SNS(@amethyst_heels)やウェブサイトで活動を確認できる。
長い一日の終わりに、庭仕事の後のひと息に、あるいは何かを祝うときに、多くのアメリカ人が思い浮かべるのは、お気に入りのブランドの味わいです。2023年の米市場調査会社〈Provoke Insights〉による調査では、ビールは最もブランドへの忠誠心が高いアルコール飲料とされています。大量生産のライトラガーを好む人も、ホップの効いたクラフトビールを選ぶ人も、お気に入りのビールがある可能性は高いでしょう。そのビールがオーガニックである可能性は、さらに低いでしょう。
この10年でオーガニック食品の市場は大きく成長し、売上はほぼ倍増しています。主要なスーパーマーケットの多くでオーガニック食品専用の売り場が設けられるようになりました。一方で、オーガニックビールはこの流れに追いついておらず、現在も市場のわずか1%にとどまっています。生産量が限られていることに加え、大手ブランドに匹敵する認知度や強力なPR活動が不足しているため、オーガニックビールが既存の製品群と肩を並べるには大きな壁を乗り越える必要があります。こうした課題に対して、現在パタゴニア プロビジョンズは、〈Deschutes Brewery(デシューツ・ブルワリー)〉と提携し、全米規模で展開される初のオーガニック・ノンアルコールビール*とオーガニックラガーを発売し、この状況に挑もうとしています。
この協働は、これまでオーガニックビールの生産を妨げてきた課題に、多角的に向き合うものです。農家、ブルワリー、小売業者、そして消費者に働きかけながら、オーガニックにとどまらず、リジェネラティブ・オーガニック認証原料の普及を業界全体へと広げていきます。
簡単なことではありません。ですが、その方法を考える前に、まずはその理由を見てみましょう。
* 日本でのノンアルコールビールの取り扱い予定は現時点ではありません。
—パタゴニア プロビジョンズ ジェネラルマネジャー ポール・ライトフット
巨大なビール産業とその環境負荷
2023年、アメリカのアルコール売上のうち、ビールは41.8%を占め、市場規模は約1,370億ドルにのぼります。現在、その市場の圧倒的多数は、USDA(米農務省))オーガニック認証やリジェネラティブ・オーガニック認証の基準を満たしていないビールによるものです。こうした状況にはさまざまな要因があり、オーガニックへの移行を検討するブルワリーにとって、複雑に絡み合った課題となっています。
従来のビール生産には、穀物、水、エネルギーといった貴重な資源が大量に使用され、その過程で大きな炭素負荷が生じます。しかし、生産においても消費においても、変化は容易ではありません。ブルワリーがオーガニックビールの生産に踏み切れない主な要因として、コスト、原料の供給と品質、流通や入手性、価格競争、そしてブランド認知などが挙げられます。たとえば、非オーガニックの商業用穀物は、オーガニックに比べて最大で6%ほど安価であり、大規模な生産者からの供給のほうが安定している場合も多くあります。こうしたコストや損失はブルワリーが負担する必要があり、その結果として価格が上がり、使えるお金が限られた人にとっては、購入のハードルとなり得ます。また、つい最近まで、特にオーガニックホップなど一部の原料は、風味が従来の基準に及ばないと見なされ、品質が劣ると考えられてきました。さらに、ブランドへの忠誠という問題もあります。オーガニック原料で醸造されたビールは、従来のラインナップとは異なる味わいになる可能性があり、一定の味を求めて訪れる顧客との関係を損なうリスクも考えられます。
価格、品質、ブランド認知が重要な要素となる競争の激しい市場において、とりわけ小規模な企業が変化に慎重になるのは自然なことです。しかし近年、ビール業界が環境に与える影響への関心が高まり、責任ある原料調達への意識も広がりを見せています。こうした流れのなかで、パタゴニア プロビジョンズとデシューツによる取り組みは、いま実現に向けた条件が整いつつある状況にあります。環境への意識や、より意識的な選択がビールの世界にも広がるなかで、パタゴニアは、コットン製品をいち早くオーガニックへと切り替え、業界に変化をもたらしてきた経験を活かしています。受賞歴のある独立系ブルワリーであるデシューツとの協働により、農場からグラスまでをつなぐビールを、味わいの面で、より身近なものとして提供しています。
コットンからカーンザへ―オ―ガニックを広げていく
いかなる市場においても新製品の導入は容易ではありません。ビール業界には、オーガニック製品に特有の課題があります。とはいえ、パタゴニア プロビジョンズとデシューツの両社は、変化を生み出してきた経験を有しています。両社はいずれも環境問題や社会的公正に取り組んできた企業であり、さらに第三のパートナーである〈Topa Topa Brewing Co.(トパ・トパ・ブルーイング)〉も同様です。同社が手がけるオーガニックラガーは、アメリカ南カリフォルニア限定で販売されます。3社はいずれも、環境と地域社会への継続的な配慮を示してきました。地域および全国レベルの非営利団体との協働や、炭素排
出量削減を目的とした生産体制の取り組みに加え、トパ・トパは「1% for the Planet」への加盟を通じて社会的な取り組みを続けています。
“ビールは農産物であり、その生産は健全な地球環境に支えられています。私たちは、この取り組みが、地球という私たちの故郷を救うための、意味ある力になり得ると信じています”
—トパ・トパ・ブルーイング 創業者兼CEO ジャック・ダイアー
ビール業界を変革しようとする動きの大きな背景には、1996年にパタゴニアが従来のコットンから100%オーガニックコットンへと切り替えた決断があります。当時としては前例のない取り組みであり、社内における大規模な投資と変革を伴うものでした。新たなサプライチェーンの構築、ブランドの再定義、価格設定の見直し。さらに、工業的なコットン栽培が環境に与える影響や、オーガニック農家を支援する必要性について、従業員や顧客への理解を深めるための取り組みにも投資が行われました。現在でもオーガニックコットンが占める割合は全体の中では限定的ですが、2024年には約3億1,697万俵規模にのぼる市場の中で、確立された分野として位置づけられています。
こうした責任あるサプライチェーンを構築し、支えていこうとする意思が、パタゴニアによるオーガニックビール生産と流通への取り組みにつながりました。10年以上前に食品・飲料分野へと領域を広げた創業者イヴォン・シュイナードは、オーガニックおよびリジェネラティブな原料を通じてビール業界を変えていく可能性を見出していました。一般的なビールは、化学肥料を用いて栽培された大麦やホップから造られ、その過程は農業由来の温室効果ガス排出の約10%を占めるとされています。オーガニック原料を用いることで、水質や生物多様性、土壌の健全性、そして気候への影響を軽減することが可能です。こうした目的のもと、シュイナードは非営利の研究機関〈ランド・インスティテュート〉との協働を開始し、西アジア由来の新たな穀物として開発された多年生穀物「カーンザ」を、ビール醸造に適した原料として実用化していきました。その狙いは、工業的な穀物生産によってもたらされる土壌への大きな負荷を軽減することにありました。
—ポール・ライトフット
カーンザ―オーガニックビールを支える、注目の原料
カーンザは、多年生の中間ウィートグラスから採れる穀物で、もともとは家畜の飼料として利用されていました。2003年にランド・インスティテュートは、このカーンザを新たな作物として育てていくことを決めました。その背景には、穀物由来の食品や飲料による環境負荷を軽減する可能性があることが挙げられます。多年生穀物は、一年生作物のように毎年植え替える必要がないため、土壌を耕す頻度を減らすことができます。また、根が非常に深く、地下約3メートルまで伸びるため、土壌を固定して侵食を防ぎ、構造を改善する働きがあります。さらに、水質汚染の原因となる窒素を吸収する役割も果たします。カーンザは、一年生穀物に比べて、水や除草剤、エネルギーの使用量も少なく、同じ土地で家畜とともに育てることができます。これは農家にとって大きな利点となります。
カーンザの最大の特長は、その根にあります。根の浅い一年生穀物に比べて、より多くの炭素を土壌中に蓄える可能性があり、気候変動への対策としても注目されています。カーンザは光合成によって大気中の炭素を取り込み、根を通じて地中深くに蓄えます。非営利団体〈Mad Agriculture〉によると、カーンザのような多年草は、1エーカー(約4,000平方メートル) あたり年間300~1,000ポンド(約130~450キログラム)の炭素を土壌に蓄えることができます。穀物栽培の環境負荷を変えうる、大きな可能性を持った作物です。
さらに、カーンザは風味にも優れています。初期の品種は人が食べられるように改良が必要でしたが、ランド・インスティテュートによって開発されたカーンザは、ワイルドライスに似たナッツのような風味を持っています。
シュイナードとパタゴニア プロビジョンズが、ランド・インスティテュートによるカーンザの研究開発に投資したことで、ビール醸造に適した商業レベルの穀物として実用化されるまでの期間は大きく短縮されました。パタゴニアの支援により、カーンザを栽培する農家の開拓や専用加工設備への投資が進み、本来20年かかると見込まれていたプロセスは、わずか約3年に短縮されたのです。2016年には、パタゴニアの「ロング・ルート・エール」に使用する原料として、米国食品医薬品局(FDA)の認可を取得しました。その後、同年にはパタゴニア プロビジョンズによるカーンザビールの最初の共同製品が発売されました。
“カーンザの風味がしっかりと感じられる、軽やかなベースをめざしました。大地を思わせるカーンザの風味とナッツのような香ばしさに調和するホップを加えています。その結果、軽やかでキレがあり、驚くほど飲みやすいビールに仕上がりました”
—デシューツ・ブルワリー CEO ピーター・スカルベック
現在、このプロジェクトには〈Arizona Wilderness Brewing Co.〉、〈Bang Brewing〉、〈Aslan Brewing〉、〈Odell Brewing Co.〉など、アメリカ各地の20以上のタップルームパートナーが参加しています。いずれも、Perennial Promise Growers’ Cooperative(ペレニアル・プロミス・グロワーズ共同組合)に所属する専業農家が生産したオーガニックカーンザを使用しています。この取り組みをさらに広げ、より多くの人が味わえるようにすることは、自然な次のステップです。
こうして飲み手の市場を育てていくことが、業界全体をオーガニックビール、そして最終的にはリジェネラティブ・オーガニック認証ビールへと導いていくことにつながります。
“カーンザをより広く市場に届けるためには、全国規模での取り組みが不可欠です。気候変動や水質の問題は重大であり、これらに本格的に対処するには、深く根を張る多年生作物の生産を拡大していく必要があります”
—ペレニアル・プロミス 委員&運営委員会委員長、フレーム・ファーム 農場主 ルーク・ピーターソン
—ポール・ライトフット
オーガニックビールを、選ばれる存在に
共同開発した製品を通じて、消費者と生産者の双方をオーガニックビールへと導くという挑戦に取り組むことで、パタゴニアとデシューツは、これまで市場形成を妨げてきた業界の課題に積極的に向き合っています。この取り組みは市場の拡大を後押しし、需要の高まりに応えるかたちで、カーンザやリジェネラティブ・オーガニック認証穀物の作付面積の拡大につながっていきます。その先には、環境にも前向きな変化が広がっていきます。