アンバサダーのアフター5
どんな魚も抗えない正確なロールキャスト。フッドリバー河口の10マイル走行やフォイリングによるハワイ諸島の横断。タジキスタンのファン山脈での氷河スキー。距離85マイル・累計標高9,000mのバガブー〜ロジャース間スキー縦走。
パタゴニアのスポーツアンバサダーは、川で、トレイルで、荒れたラインで、あるいは大きなうねりの上で活動している。しかし、彼らがウェーダー、ウェットスーツ、ビブを外したとき、「来たときよりも美しく」するためのそれぞれの仕事が始まる。
キャロライン・グライク
9~17時:スキー/スノーボード・アンバサダー
17~21時:ユタシエラクラブ
上院議員選挙。女性のリーダーシップを語るTEDxの準備。そしてタジキスタンへのスキー遠征。さらには採掘業者から我々の公有地を守るための行進、演説、ソーシャルメディアの投稿。
さすがに疲れる。
そういうときは疲労回復のために次のことを試す。瞑想、ランニング、正しい食事、ビタミンDの摂取、鳥の声を聞く、アーシング、犬連れハイク、家族との触れ合い。おっと、それから裏庭でのバドミントンも。
「シャトルコックを打っていると思わず笑っちゃうわよ」キャロライン・グライクはユタ州の自宅で語る。「ユタ州上院選キャンペーンの後片付けがまだあるの。この2年間は選挙活動や公有地を守るための運動があって、私にはストレスの多い日々だった。立候補はキャンペーンだけじゃなくて、神経系を配線し直すみたいな、全身で体験するものなの。貯金は危うくなるし、嫌がらせもあれば、身の危険もある。真剣だと分かってもらうために、1日12時間、資金援助者に勧誘の電話をかけ続けるの。やがてその過程で自分のアイデンティティが失われていく」
「あのエドワード・アビーは、問題もある人だったけれど、良い言葉を残したわ。『燃え尽きるな。自分が守ろうとする土地を楽しむことを忘れるな』パートタイムの活動家でいろ、ということよ。心の半分は熱狂的に、もう半分は余暇や冒険に取っておくの」
「私にとってユタの山々はいつもインスピレーションの広大な源だった。夏の間は、リトルコットンウッド渓谷の南斜面をスキーで滑降する代わりに、南尾根でクライミングをするの。あと、救助犬リラを100のユニークなピークに登頂させるという目標もあるわ」
「セルフケアのためにちょっとした息抜きの瞬間を見つけることはとても大切。時としてそれは、本やウクレレを持ち出して、ポーチに寝そべって、息をするだけでもいい。休息は抵抗でもあるのよ」
ヒラリー・ハッチェソン
9~17時:フィッシング・アンバサダー
17~21時:レッドサイド・ファウンデーション
毎年の夏、Glacier Anglers & Outfittersのフライフィッシング・ガイドであるヒラリー・ハッチェソンは、全世界と全米からグレイシャー国立公園にやってきた120人の従業員(うち80人はガイド)と共に働いている。
「多くのガイドは自然から、つまり川との精神的なつながりからパワーをもらっている。私たちの氷河が失われつつあることや、カットスロートとニジマスが交雑し、健全な生態系が壊れるかもしれないことを知って、私たちは精神的にも身体的にも影響を受けている。だって、とてつもなく素晴らしい場所で働いているのに、状況はどんどん、素晴らしくなくなっているから」
ハッチェソンはレッドサイド・ファウンデーションで活動している。アウトドアガイド向けにメンタルヘルスや薬物乱用の支援を提供する非営利団体だ。
「私はカウンセラーじゃない。私たちが重視するのはホリスティックヘルス、つまりガイド一人ひとりの全人的健康。ガイドが身体的、精神的、感情的、スピリチュアルな面でより深いつながりを感じられるようにするの。環境に対する悲観やシーズンが終わった後の喪失感に対処できるよう支援するのよ」
「山火事、渇水、洪水、−4~38度の温度差の中でガイドの仕事をしていると体にこたえるわ。そんなとき、この流域や公有地の一部を採掘と開発のために売却する法律が準備されていると聞いた」
「ガイドがお金を稼ぎながら良い夏を過ごせるよう手伝うだけじゃなく、彼らの声に耳を傾け、彼らがどうしているかを感じとり、この体験から何を得ているか、それが成長にどう役立ちそうかを理解することについても、私は少し責任を感じるの」
マリー=フランス・ロイ
9~17時:スキー/スノーボード・アンバサダー
17~21時:レッドフィッシュ・レストレーション・ソサイエティ
「自分の遊び場を守ろう」バンクーバー島西海岸の自宅で、マリー=フランス・ロイはそう呟いた。北部は夏の真っ盛り。サーフィン、スケートボード、ガーデニング、そして海藻について語る季節。
「冬の間私たちが遊んだ雪は、やがて川や小川となって、最終的に河口から海へ注ぐ。海藻の養殖は、沿岸の生物多様性の維持・回復に大きな役割を果たすことができる。この数十年に衰退が見られた場所であればなおさらよ。私がバンクーバー島のレッドフィッシュ・レストレーションでやっているのは、とにかくこの地域の藻場をモニタリングし、変化を評価し、どのエリアに回復効果が見込めそうか、どの方法がベストかを特定すること」
インタビュー前日、彼女にうれしい知らせが届いた。バークレーサウンドでの海藻養殖の申請が最終審査に残ったという。
「私が申請したのは、とても小規模な事業者向けのもの。海水が十分に冷たくて、深すぎず浅すぎず、海面に露出しすぎず、十分な栄養を含んでいて、漁業やマリンレジャーの妨げにならず、主な海上航路や保護海域とかぶらない、そうした理想的なロケーションを見つけるのはかなり難しいの」
「私はここの人々やバークレーサウンドの大地や水との深いつながりを感じる。同時に大きな責任もね。このプロジェクトは正しいし、私の人生やコミュニティのニーズともバランスが取れていると思う。希望を与えてくれるわ」
ジャック・ホー
9~17時:サーフィン・アンバサダー
17~21時:オーシャン・アップライズ
「ここで育ったことは、まるでおとぎ話さ。美しい土地での守られた生活」ワイキキの自宅でジャック・ホーはそう話した。「今や僕はプロサーファー界にデビューしようとしていて、世界を旅するようになり、何年も前から知っているここの人々がみな僕を支えてくれる。友人、家族、そして僕が故郷と呼ぶこの場所に感謝しているよ」
「曽祖父が1948年にダイアモンドヘッドの斜面のこの場所に家を建てた。米国領ハワイがまだ州じゃなかった頃だよ。純粋な中国人だった曽祖父がワイキキビーチのこれほど近くに家を建てるには、権力者である白人宣教師の援助や後ろ盾が必要だった。僕の家族は労働者階級だから、海からわずか徒歩10分のこの家を持てたのは運が良かったんだ。決して少しも当たり前とは思っていない」
遠征の合間にジャックをつかまえた。彼はオーシャン・アップライズ・ユースサミットから戻ったばかりだった。#fortheoceans(海のため)をキーワードに変革を急ごうとする若者たちの5日間の集会だ(キャッチフレーズは“海面は上昇中、我々もそうだ”)。3時間後、彼は飛行機でオレゴンに行き、フッドリバーの河口で潮流、川の流れ、潮の満ち引きに乗ってフォイリングをする。10マイルの走行はいつものことだ。
その次は6週間にわたるヨーロッパのフォイリングツアー。途中でニューヨークシティにも立ち寄る。ジャージーショア沖では風が強く吹いている。
「父が、僕はハワイのサウスショアの旗をいつも背負っていると言ったんだ。人はどこへ行こうとも、常に自分のコミュニティと共にある。そしてフォイリングには未踏の領域や水域がたくさんあって、まるで最大の喜びを求めて本物の冒険をしているみたいな感じさ」