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ロイ

エリック・ビッセル  /  2019年10月17日  /  クライミング, スポーツ

ニューメキシコの小さな町の周辺を世界級のボルダリングエリアに変えた公有地における歴史のパッチワーク

ニューメキシコでの最後の朝の日の出前、僕たちは寒い1月の3週間を過ごしたミルズ・キャニオン・リムのキャンプ場を出た。古びた小さな町、ロイの歴史あるメインストリートの北側に車を停めて、朝日を浴びる象徴的な給水塔の写真を撮っていると、寒さを振り落とすように足踏みをしながら、ひとりの男が近づいてきた。くたびれたウールの手袋からは手のひらが透け、耳の上にしっかりと締めたフードの奥には、顔の真ん中とひげの霜だけが見えた。

キャニオンやこの冬の寒さについて立ち話をし、僕たちがマイナス13度以下になったときもキャニオン・リムでキャンプをしていたと言うと、彼は眉を上げた。すきま風が入るフォルクスワーゲンのバンにはプロパンヒーターがあり、寒さをしのぐことができるのだと伝えると、その驚きはおさまった。昔はよく仲間とキャニオンを歩きまわって、岩によじ登ったものだと彼は言った。しかしいまでは町は寂れていくばかりだ。かつてハーディング郡には7軒のバーがあった。ロイに残されていた最後のバーは最近店を閉じた。

これまで知らなかったキャニオンに迷い込むことは毎日できる。

僕はパートナーのジェーン・ジャクソンと、クライミングをしたり写真を撮ったりしながら、ロイに1か月滞在していた。僕が当時のガールフレンドと暮らすために一時的にニューメキシコに引っ越し、ここに来はじめたのは2013年だったが、ロイはそのころとは違う感じがした。そのガールフレンドとは別れることになったが、僕は冒険好きなのんびりとした小さなクライミング・コミュニティを見つけ、州内のあちこちに岩場があることも知った。サンタフェから北東へ車で2時間半のところに位置する、ロイの町外れのキャニオンをはじめて訪れたのもそのころだ。カリフォルニア出身のクライマーである僕にとっては、それは比較にもならなかった。最初は岩場の写真もなく、ボルダリングの話も信じがたく、クライミングの目的地というよりはドン・キホーテの神話のように思えた。しかしその神話どおり、風車を目印にしてハイウェイを離れると、キオワ草原に散在する巨大なダコタ砂岩の群れは本当に存在した。

そんな初期の数年間は、ロイの開拓に献身した最初のクライマー、ウィリアム・ペナーとトム・エリスがところどころに残してくれた手がかりをたどった。彼らは口承でしか情報を与えないという方針を固守し、秘密ではないものの、彼らと一緒にその場に行くまではロケーションもボルダーも明かされなかった。そのおかげでロイはソーシャルメディアの時代にあっても、ほぼ10年間知られることがなかった。人影はなく、野生のままで、キャニオンは変化に富み、複雑で巨大だった。

しかしやがては噂が広まり、ロイはいまでは全国のクライマーに知られる場所となった。でも僕にとっては、数人の仲間だけとそこを訪れ、誰もいないキャニオンを体験し、誰のチョークも付いていない岩を登ったその数年の印象がいちばん強い。人それぞれ、場所に対するイメージは異なる時点ではじまる。あるときは、そこは風と埃っぽい歴史に属し、人は風景の異物でしかない。またあるときは、そこはクライミングエリアでもある。メイン・ストリートにある床屋は、店先に近づくと、店内が雑草で埋めつくされていることがわかる。

メイン・ストリートの角にある、いまではロニータズと呼ばれるカフェにはじめて入ったとき、地元の客たちはフォークを手にしたまま、一瞬止まって僕を見つめた。今回の旅で立ち寄ると、すでに数人のクライマーがブースに座っていた。ウェイトレスは、僕たちがキャンプしながらクライミングしているのかと尋ねた。雨の日には若者たちはラップトップを持ってやって来て、クライミングについて調べている。

ある大学のアウトドアクラブの一団が、草原地帯へのはじめての旅行でキャンプをしている様子もこの旅で見かけた。彼らにとっては何がこの場所の思い出となるのだろうかと、僕は考えた。いまでも、これまで知らなかったキャニオンに迷い込むことは毎日できる。でも、おもな岩場のトレイルヘッドには何台もの車が並び、ホールドにはオフシーズンの雨が洗い落とせないほどのチョークがこびり付いている。

そして今日マ・サリーの雑貨屋では、ペロペロキャンディーや星条旗グッズと一緒に、クライミング用のチョークとテープが売られている。

それでもまだ、岩場をほぼ独り占めできる日もある。サンタフェとアルバカーキとロスアラモスからの友人が集まった週末、僕たちはキャンプファイヤーを囲み、ウイスキーを回し飲みしながら語り合った。ある友人はサンタフェの南にあるマドリッドという小さな鉱山町で育った話をした。別の友人はボルダーを探しながら複数の川を渡ったあとにトラックがショートを起こし、ワゴン・マウンドの近くで州警察にジャンプスタートしてもらった話をした。さらに誰かがカナディアン・リバーの近くで恐竜の骨を見つけ、チョークまみれの手でその曲がった爪を真似て岩を攻略した話をした。それから僕たちはクラッシュパッドに横たわり、月食を眺めた。風が唸り、数匹の犬が闇のなかの見えない動物に向かって吠えていた。

ロイのクライミングの醍醐味は、大きなラインだ。「イカロス」、「ビューティフル・ピッグ」、「ホクサイズ・ウェーブ」、「ベスト・ウェスタン」など、ソロクライミングにもボルダリングにもなり得る6〜12メートルの課題がいくつもある。小さな課題を登っていると、これらの大きなラインがまるで登攀されるのを待っているかのように頭上にそびえている。クライミングのムーブが好きならば、課題は大きければ大きいほど手数が増える。ハイボールなどは、ロイのクライミングのなによりの特徴だ。

集まった友人たちはこれまでにいくつものキャニオンを探検してきた経験があるが、その日は車をキャンプ場に置いてきたので、徒歩で行ける範囲を再訪することにした。1度では体験しきれないものが雑然とした川床やキャニオンに隠れていることは、ここでのクライミングの特典だ。

その日は日向でウォーミングアップしてから、大きな松の木に囲まれた狭い川床へと向かった。ジェーンはそこで完璧なエッジのある、苔に覆われたフェイスのムーブを解き明かした。これは他の岩場では長い課題とみなされるようなものだが、長い課題があり余るロイでは普通の大きさのボルダーの感覚が狂う。夕方になって下流に行くと、5.5メートルのフェイスの真ん中にポケットが1つだけある、傾斜のきついスラブを見つけた。僕は棒を使って距離を測り、自分の最大のリーチが届くかどうか確かめた。爪先立ちでならトップをつかめそうだった。皆で岩の下部の核心のムーブを解き明かし、僕はダイナミックなムーブで右足のつま先をポケットに入れて立った。指先がトップをつかむまでの一瞬、岩との接触はつま先だけ。新しい課題を登るのは、多勢の見知らぬ人のなかから見慣れた顔を見つけるときに似ている。すべては抽象的で、あるときふとピントが合う。

ニューメキシコは入り組んだ場所だ。クライマーがロイ周辺に現れる前も、そして現在も、ここは放牧地で、牛がやって来る以前の平原にはバイソンがあふれていた。バイソンは、コマンチ族やアパッチ族やカイオワ族など、複数の先住民族がかつて営んでいた遊牧生活の基盤であった草原の生態系を支えていた。ここには13,000年前に人類が暮らしていたことを示す記録がある。1932年に道路工事の作業員が掘り出した大量のマンモスの化石のなかには、槍先も含まれていたという。

ここでは過去と現在に境界がない。

荒涼とした風景がところどころにある一方、肥沃で複雑な風景もある。夕暮れには空が、他ではどこにも見られないような色に染まる。高地の隆起は、緑の森と雪の峰を抱えている。アコマ・プエブロやタオス・プエブロなどの共同体は、同じ場所に何世紀も存在してきた。スペインの伝統(そして植民地支配)と、アメリカ先住民のプエブロと放牧の文化が混ざり合って、僕がこれまでに暮らしたことのある場所とは似ても似つかない、歴史のパッチワークを織り成している。地元の訛りは独特で、建築物はほぼすべてアドビ様式、そしてたいがいレッドチリソースとグリーンチリソースをたっぷりかけた、信じられないほど美味しい食べ物がある。

僕がここに戻りつづける理由は、入り組んだキャニオンを歩きたいから。ニューメキシコの人はうぬぼれに厳しく、すぐに一緒にビールを飲もうと誘うから。クライミングが冒険的で面白いから。クライマーはクライミングをするための場所に行く。しかし場所とのつながりこそが、意義深い体験を生み出す。考古学では遺物よりも、その背景に意味があると考える。だからその場から持ち去られた矢じりは、その元の持ち主のストーリーを失ってしまう。ロイでのクライミングが意味するのは、濃紅のダコタ砂岩の大きなボルダーであり、錆びた放牧用ゲートが軋む音でもある。ロイは自然のなかでクライミングをする喜び、発見、藪をかき分けて進むこと、名もない岩を登ることの楽しさを思い出させてくれる。

町外れの倒れかけたビルボードの陰で、数頭の牛が草原の風にさらされるのを避けている。牛たちの東側では、朝日に輝く蜃気楼が浮島現象を起こしている。雪が緩やかな茶色の丘をうっすらと白く覆っている。ここは登るための岩を探すには、ちょっと変わった場所だ。

このエッセイはSeptember Journal 2019に掲載されたものです。

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