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サーフィン・アンバサダーの冬休みの読書感想文:僕が尊敬する小さな巨人

木下 デイヴィッド  /  2014年1月14日  /  サーフィン, カルチャー, コミュニティ, スポーツ

僕がはじめてミッキーさんと会ったのは、高校1年生のときだった。僕らはミッキーさんを成田空港に迎えにいき、その足で千葉太東にある民宿に向かった。当時の僕はお金がなかったので、僕だけは寝袋にくるまって車のなかで寝たのを覚えている。朝起きると太東ポイントは信じられないほど混雑していて、僕らは南の御宿と勝浦を目指した。そしてオーバーヘッドのマリブではじめて一緒にサーフィンをした。そのとき「ミッキーサーフクリニック」を御宿海岸で開催し、総勢40名ほどのロングボーダーファンが集まった。シングルフィンの重いロングボードに、何人かはBEAVER TAILのウェットスーツを着て、まるで60年代を再現したかのように皆でミッキーさんとサーフィンをした。

会う前はワイメアをはじめて乗った人と聞かされて、威圧感のあるタイプの人かと想像していたが、数日間一緒に過ごすうちにそんな印象はまったくなく、偉ぶったりしない人だというのが分かった。数日後に東急ハンズにシェイプの道具となる小さな小さなかんなを買いに行ったときも、まるで子供がショーケースのなかのミニカーを見るように目を輝かせ、「これは日本でしか買えないんだよ」と喜んでいた。やがてミッキーさんの帰国日がやって来て、僕は何かプレゼントしたいと思い、実家にあるペアのこけしを勝手に持ち出してプレンゼントしたのを覚えている。

その後僕はミッキーさんの板に乗るようになり、19歳ではじめてハワイに行ったときは、ミッキーさんがビッグウェーブ用の板を3本削ってくれて、それをハレイワのパタゴニアストアに取りにいったのを覚えている。その後もカリフォルニアのミッキーさんの家に泊りにいったり、一緒にサンオノフレでサーフィンしたりして、交流を深めていった。ミッキーさんは朝早く起きて、最初にするのはボードを削ること。僕はまだ眠いなか、ミッキーさんが粉まみれになりながらシェイプする姿を眺めていた。ミッキーさんは日本によく来ていた。そしてあるとき僕の姉がオリンピックで銀メダルを獲ったとき、ヨットの話に夢中になって、こう話していたのを覚えている。「僕らが航海をしているときには機械も何もなく、頼りにするのは星だった」 そして嵐に遭遇し、致命傷になるデスマスト(マストが折れること)を経験したことや、どうやってサバイブしたのかという話などを聞かせてくれた。そのとき僕は、この人はサーフィンだけじゃないんだなと思った。ヨットやサーフィン、そして家を造ることや生き物の話もしてくれた。

そのなかでも強烈に覚えていることがある。アメリカでサメに襲われた事件を調べていくと、ひとつの共通点が浮かび上がったという。それは、サメはそのポイントでいちばん気の弱そうな人を襲ったということだった。サメは人間の科学ではとうてい分からないような、サメにしか分からないような方法で、本当に気の弱い人を襲っていたのである。それをミッキーさんは「instinct(本能)」と言っていた。僕はたくさんのレジェンドサーファーと呼ばれる人たちと交流してきたが、そのなかでもミッキーさんは誰よりも心が広く、嫉妬心がなく、他の人たちとは違っているのを感じていた。もしかしたら少年だった僕の前だから人の悪口を言ったりしなかったのかなとも推測するけど、僕はそういうことも含めていろいろな人を見るのが得意なので、やはり彼だけは違っていたように思う。その心の広さや嫉妬心がないような性格がどこから来たのか考えると、おそらく彼があまりにもたくさんのものに興味をもっていたからだと思う。流体力学や飛行機の飛ぶ仕組み、はたまたスノーボードやアメリカズカップのヨットの設計、もっと言えば地球や宇宙の仕組みなど、ありとあらゆるものに興味をもち、その仕組みを研究する大きな子供のような人なのだ。彼は別名「小さな巨人」とも呼ばれている。

こんな裏話もある。60年代にアメリカ本土から大勢の白人サーファーが次々とノースの波を征服していったとき、ハワイアンたちが嫉妬心を持ちはじめた。いきなり自分たちの庭であるノースショアに来てワイワイ、ガヤガヤやられたら、ハワイアンたちも良い気はしない。たまりかねたある日、そのハワイアンたちは本土から来た白人サーファーをぶっ飛ばすことを決意した。その話を噂で聞いた白人ビッグウェーバーたちは次々とハワイから逃げ出した。そしてそのときに逃げ出さなかったのは、あのトム・カレンの父親、パット・カレンとミッキーさんだけだった。その後ハワイアンたちとどういう和解をしたのか、詳しい話は知らないが、僕が思うには地道なコミュニケーションをして仲良くなったのだと思う。この話は映画『Bustin’ Down The Door』より前の出来事で、まさにノースショアのパイオニアであると同時に、人びとが現在使っている数々のマリンスポーツの道具をたくさんのトライアル・アンド・エラーを経て作ってきたパイオニアならではのエピソードでもある。

その僕が尊敬する小さな巨人が、最近本を出版した。おそらく高齢なので今後彼が本を出すことはもうないように思える。彼の人生の集大成を表しているような本で、その題名は「NO BAD WAVES(悪い波はない)」 もちろん良い波悪い波はある。僕なんかは南の島の高速シリンダーチューブを味わって日本に帰ってくると、やる気が起きなくなった時期もたびたびあった。だけどサーフィンをはじめたときにはオンショアだろうが膝だろうが、サーフィンしていた。まあこれは仕方のないことで、誰にでも起こることだと思う。行き過ぎた文明社会にも似たところがあり、人びとは贅沢になっていくものだ。でもその欲求をコントロールするには、モノやお金では満たされないということに気づく必要がある。「NO BAD WAVES」……悪い波でも良い波と思えるハングリーさをつねに持ちつづける精神力は何か。そのヒントがこの本に隠されているんじゃないかと思う。そしていちばん大事なのは、その人が人生を楽しむことだと思う。

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