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2025年度のWork in Progress Reportでは、私たちの唯一の株主である地球への負担を軽減するために行っている、新しくて楽しい、そしてちょっと変わった方法をすべてお伝えします。

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地球が私たちの唯一の株主

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イヴォンの手紙を読む

高千穂平

島田 和彦  /  2017年1月19日  /  スノー, スポーツ

静粛と躍動へのグライド

“現代は「多様な価値観」という言葉で、本当に価値のあるものが退けられる時代のように思う。価値あるものはそう多くない。やるに値することを探し当て、生を全うすることは、砂漠で針を探すほどに困難なことだ。アルピニズムとは、その数少ない価値あるものなのだ。” ー 新谷暁生著「北の山河抄」

「いやー、この雨のおかげでスパイン並みの雨溝とカチンカチンの硬い雪になっちゃいましたよ。しかも、ボトムはデブリのオンパレードです。どう考えても無理ですね。コンディションが元に戻るためにはあと2、3回はドカ雪が降らないとダメですよ」
僕は光に照らされて壁に映る影を、力なくただ見つづけるだけだった。

翌朝、ハンドルを握る旭 立太の隣で窓に流れる景色にゆったりと目を泳がせていた。今回のライディングパートナーである彼と厳冬期に会うのははじめてで、まずはお互いの近況報告から始めた。それから装備のチェックや新しく考えた課題について順を追って説明する。合流が1日遅れている状況に焦りを感じていたが、カメラマンの松尾憲二郎の待つ白馬へと近づくにつれて落ち着きを取り戻していった。

昨夜松尾との電話を切ったあとひとりで考えた結果、雪の状態がわからない未知の山域に足を伸ばすよりも確率の高い場所でトライするため、昨年偵察を行っていた、北アルプスの山に行き先を変更した。そこは滑り手がほとんど訪れることのない、静かな場所。おそらくその理由はアプローチが長いという単純なことかもしれない。

山でスノーボードをするといっても、やり方はさまざまだ。滑ることと同じくらいクライミングにも時間と情熱を傾けなければ、目指す目標を叶えることはむずかしい。まだ知り合ってから日が浅い僕らの共通点は、スプリットボードと山が大好きってことくらいだった。だが、クライミングにも興味があると言うので岩場でロープを結び合ったことが、すべてのきっかけとなった。満月だったその日、ひどい山行にも楽しむことを忘れず、深夜0時まで登り続けた彼を見て、ともに冬山へ行くことを約束した。岩肌は冷たく黒く光り、とても綺麗だったことをまるで昨日のことのように思い出す。

松尾はパタゴニア白馬ストアのソファに沈み込んで、僕らの到着を待っていた。ようやくメンバーがそろい、テーブルの上に狙う山域の地形図を広げた。

2日目、白い息を吐きながら、ヘッドランプの明かりを頼りにゆっくりと丁寧にスプリットボードにシールを貼った。日の出前の落葉松の茂る鹿島川沿いの林道はさすがに気温が低く、まだジャケットを脱ぐ勇気はない。パリッと澄んだ冷たい空気をゆっくりと肺に吸い込んでから、ノートラックの雪上に気持ちよくシールを踏み込み、出発した。雨の影響で滑ることもできず、停滞を余儀なくされていたこの何日か。その溜まったフラストレーションを爆発させ、スピードを緩めることなく突き進んだ。

積雪期鹿島槍ヶ岳の表玄関ともいえる大冷沢と大川沢の合流地点である大台ケ原の橋を渡ると、左に曲がり大冷沢沿いを上流部へと向かった。後立山連峰は糸魚川、大町、松本にかけての大断層線に沿っているため、これから向かう東面は急傾斜であるが、西面の黒部側は比較的緩傾斜になっている。とはいえ、大川沢上流部のカクネ里や荒沢に比べれば勝ち目はないだろう。だが、鹿島槍周辺の谷の中では大冷沢の流域は取り付が容易でスケールも大きく、そして明るい。

スタート以後、僕らは言葉も交わさぬままに前進していたが、ようやく冷えきっていた指先まで暖まってきたようだ。汗が頬を伝ったのをきっかけにジャケットを脱ぐ。その足を止めた場所は偶然にも一ノ沢の落口付近だった。ここは1951年に同志社のパーティーが幕営中に雪崩のため遭難した場所。すでにどこからでも雪崩が襲ってくる危険地帯に足を踏み入れたということだ。2時間ほどでたどり着いた西俣出合の台地には、お目当ての爺ヶ岳東面が待ち構えていた。だが去年の面影がまったくないほどびっしりと薮に覆われていたため、その姿を確認した僕は目標を即座に変更し、西俣の出合に右から直角に曲がってぶつかる大冷沢の本谷である北俣の上流部に進む決断をした。

目標はさまざまな障害にぶち当たる可能性を秘めている。簡単に達成できるプランに変更すれば弱気だと思われるし、その価値も失われてしまうだろう。だがこの奥には険悪な山相が額を削って並び立つ。厳冬期の鹿島槍ヶ岳東面の南槍や東尾根第二岩峰付近に手をつけるには準備不足だろう。バリエーションルートガイドの「日本登山大系6:後立山・明星山・海谷・戸隠」や吉田次郎著「鹿島槍研究」で読んだ内容を思い出しながら歩き始めた。ここまでくるのにすでに3時間以上経過しており、新たな目標をゆっくりと探している暇などなかった。

砂防堰堤を何個か超えると、これだと思われる斜面が現れた。それは鹿島槍ヶ岳北槍に続く東尾根から伸びる二ノ沢左俣ルンゼだった。沢のピークである東尾根上の二ノ沢ノ頭を目指し斜面に取り付く。南面なので、厳冬期といえども昇ったばかりの太陽の影響をまともに受け、雪は急速に腐りはじめている。下部のシール登行は急斜面と雪の悪さにより苦戦が強いられた。

狙う沢筋に入るとそこはまだ陽が当たらずに、いくらか状態を保っている。だが、それも長つづきはしないだろう。大きな沢筋に居座るのはリスクが高いので、アックスとアイゼンに履き替えて、小尾根をつないで上部を目指すことにした。斜度はすでに50度近く、深雪のラッセルに少しずつ体力を奪われていった。

そこから先は岩が目立ってきたので尾根筋を諦め、細い沢筋に入った。ここを抜けるしか上部へ向かう手立ては残されていなかった。僕はロープの準備を終えると、すぐにリードで登りはじめた。先を急ぐためにアプローチ用の薄い革手袋のままアックスを振りおろしていたが、気づくと手の感覚がなくなってきている。周囲には強風が吹き荒れている。「くるかな?」と身構えると、予想通り音もなく前方からスラフが迫ってきた。沢筋から側壁に乗り上げて上手くかわす。「一気に行くしかねーな」指先が寒さで凍え、腹もペコペコ、蹴り込む足も重い。それでもどうにか前へ進もうと、目前のアックスを振りおろすことにすべての意識を集中し始めると、頭の中にあったそれらや、心配事などすべてが綺麗さっぱり消し飛んでいった。立木を利用してスリングで確保点を作り、セルフビレイを取るためにPASの先につながれたロッキングカラビナを「パチン」とクリップした。即座にグローブを外し、素手になった手を脇の下に滑り込ませ小刻みに指先を動かす。数秒後、徐々に血が流れ始めた。凍えきった指先にビリビリと熱いものが入り込んでいくのを、安心しながら感じた。

武者震いする斜面との出逢い

ようやく全員が目下の安全圏である主稜線へとつづく大きな尾根に乗り、登ってきた方向の谷間へと振り返ると、対斜面に真っ白く開いた雪田が目に飛び込んだ。そこは後立山連峰縦走路につながる赤岩尾根の2049m付近に位置する高千穂平より一段下。その大きな雪田は北俣本谷から隠れるようにして静かに存在していた。僕は「やべーな。バッチリ、下までつながってるわ。あれ、いいんじゃね?」と皆に聞こえるように大きな声で言った。「北東面だから明日でもチャンスありますよ」と旭が話に乗ると、「ここじゃなかったな…」と僕は吐き捨てるように言った。すでに山が動き始めデブリで埋め尽くされてきたニノ沢への興味は急速に失われてしまった。僕たちは尾根を駆け上がると、ルンゼ内のごくわずかに残された軟らかい雪をつないで、逃げるように山麓へと滑り降りた。「勝負は明日に持ち越しですね」と松尾が熱いコーヒーを飲みながらつぶやいた。

3日目、昨日の10時間行動の疲れが足に表れているのは当然といえば当然だろうか。体もいやに重たく感じるが、今日の目的を思い出して行動を開始する。会話も持たずに淡々と歩き続けるのは、これからに供えてそれぞれが気持ちの整理をしているからかもしれない。松尾は昨日滑った二ノ沢の中腹から、対斜面を滑る僕らを大口径レンズで狙う。そのレンズは4kgもある巨大なボディで、ザックに収まりきらずに頭が見え隠れし、揺れ動いている。そんな大砲をわざわざ山中に運ぶほど、松尾も今日にかける想いは特別なようだ。

ようやく取り付き部に到着すると、いやになるくらい汗をかかされていたが、少し足を止めただけで体が冷え切るほど、気温はまだ低い。旭は祈るように「この寒さが、続けばいいんですが」と言った。松尾は不要な荷物を残置して僕らに背中を向けると、所定の位置に消え去った。残された僕と旭はこれからの作戦を手短に話し合った。「下部は樹林帯をつなぎながらシールで難なく行けそうですけど、その先の湾曲しているところを抜けたあとはどうなっているかわからないですね」と旭が落ち着いた口調で言う。「とにかく気温が上がると厄介だから、さっさと行くしかないね」と僕が言い終えると、2人ともヒールリフターのレバーを上げた。

リードをチェンジしながらスピードを維持し、幾度もジグを切り返しながら、1本のトレースだけを光と影の交差する雪面に残していった。雪質は刻々と変化している。昨日のものと思われる新しいデブリが確認できた。大きく開いた雪田は風の影響をモロに受けて、強烈にクラストしている。だが滑走ポイントとして狙いを定めている岩壁下の状態は良さそうだった。間違いなくそこを登るほうが簡単なようではあるが、その誘惑には乗らないほうがいいだろう。頭上からの落石や落雪など、予想不可能な危険が待ち構えている。しかも、滑走ラインとなる場所にトレースを残したくはない。僕たちは雪田の上部を、一定の距離を保ちながらゆっくりと探るように進んでいった。

ここは高千穂平より下に位置する大きく開かれた台地のような地形なので、僕たちはこの場所を中千穂平ルンゼと名付けることにした。ピークへ抜けるために一気に狭まった沢筋を泳ぐように潜り抜け、ようやくたどり着いた場所は予想以上に狭かった。鞍部から覗き込むと、圧倒的な大きさの鹿島槍ヶ岳と布引岳が目前に迫り、空には強風に吹かれた雲が集まりはじめていた。急がなければ光は雲のものになってしまうだろう。滑走ラインは、上部の狭まった沢を出ると巨大な雪田が口を開けていて、そこから岩壁沿いに右に曲がり、雪田は少しずつ狭まる。そして中間部にそそり立つ氷爆を抜けたあたりからまっすぐにボトムまで落ちていく。

松尾から無線が入った。「登りの絵、いいのが撮れましたよ。どーぞ」「お、いいねー。見るのが楽しみだわ。どーぞ」「後ろからどんどん雲きてますんで、濃くなる前にスタートお願いしまーす。こちらは準備OKです。どーぞ」「りょーかーい。次の強いヒカリきたら行くわ。どーぞ」最終の儀式が終わり、このラインをどう滑るかのイメージも整った。

僕はこの一年間抑えてきた情熱と欲求を血に、獣となった自分を雪山に解き放った。集中力が最高点に達した瞬間、松尾のカメラには何が写ったのだろう。彼の構える大口径レンズの焦点は確実に僕らを捉えてはなさなかったに違いない。

僕の焦点は巨大な岩壁の下に溜まっている雪を捉えていた。

ラテン語の動詞「amator(愛する人)」に由来する「アマチュア」は、自分のなすことを愛する人を意味している。僕は山とスノーボードをこれからもずっと愛してやまない。

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